現時点で第一三共は自社で研究開発を進め、ADCを生産する。その上で、国内では自社で販売する。海外ではアストラゼネカなど提携企業と共同での販売体制が強化されている。各国における臨床試験の実施のために、当局との交渉などのノウハウを持つ海外大手企業との関係は欠かせない。連携の強化によって、第一三共のがん治療薬事業は徐々に収益を獲得している。2022年4~6月期の連結決算を確認すると前期比で売上高は162億円増(6.2%増)の2,803億円だった。増益の内訳をみると、エンハーツは118億円の増収だった。ただし、コスト増加のインパクトが大きく、当期利益は前年同期の実績を下回っている。
その状況下、2026年3月期までに第一三共は3000億円を投じ、研究開発や生産能力を強化する。生産面に関しては自社の生産ラインの増強に加えて、医薬品の委託製造を行う企業への投資も行われる。
このように考えると、ADC事業は徐々に第一三共の稼ぎ頭になりつつある。第一三共に求められることは、エンハーツの販売をより迅速に増やし、より新しいADCの供給体制を強化することだ。そのためには、自社の強みが発揮でき、より効率的に収益を獲得できるとの期待が高まるがん治療薬事業の運営体制を強化することが欠かせない。言い換えれば、ADCの分野で世界トップを目指すという経営陣の決意表明が求められる。
そのためには、さらなる事業ポートフォリオの改革が不可欠だろう。現在、第一三共の事業ポートフォリオは総花的に見える。第一三共はがん治療薬に加えて、一般用医薬品(大衆治療薬)、ジェネリック医薬品などの事業も運営している。2018年以降、同社の株価が上昇したのはADC事業の加速度的な成長期待が高まったことに支えられている。理論的に考えると、第一三共は収益の伸びが鈍化している資産を売却するなどして、得られた資金を成長期待の高い分野に再配分すべきだ。
海外の製薬企業では、事業の分社化によって成長力をさらに強化しようとするケースが出始めた。2021年11月に米ジョンソン・エンド・ジョンソンは市販薬や日用品事業と、医薬・医療機器事業の分割を発表した。組織の専門性を高めて、個々人の集中力がよりよく発揮される事業運営体制が目指されている。それはコングロマリット・ディスカウントの解消につながると期待される。
ある意味、第一三共は経営統合の成果を実現する、極めて重要な局面を迎えている。ADC事業では収益の増加が期待されるエンハーツに加えて、「Dato-Dxd」(一般名はダトポタマブ・デルクステカン、肺がんなどの治療薬)の臨床試験も行われている。ADCの研究開発を加速し、グローバルに販売体制を強化するために、これまで以上に選択と集中を徹底して進める意義は高まっている。今後、世界は米欧などでの金融引き締め、中国経済の成長率低下などによって景気後退に向かう可能性が高まっている。その状況下で経営陣に求められることは、あきらめることなく選択と集中を加速させ、ADC事業の成長力を徹底して強化することだろう。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)