近年、第一三共は、がん治療薬の研究開発、および生産体制を強化してきた。その一つとして注目されているのが、抗体薬物複合体(ADC)だ。ADC分野での成長期待は高まっている。それを反映して、年初来で株価は上昇した。
2005年、三共と第一製薬は経営統合を行った。それによって誕生した第一三共は、新しい治療薬の創出を加速することによって、世界トップクラスの医薬品企業になろうとした。しかし、統合後、海外事業戦略の失敗によって成長を加速することが難しかった。特に、組織風土の融合の遅れは、大きなマイナスになった。同社はその教訓を活かさなければならない。世界全体が景気後退に陥るリスクは高まるなど、企業を取り巻く事業環境の厳しさは増している。先行きの不透明感が一段と高まる状況下、第一三共はこれまで以上にコスト削減を強化し、新しいがん治療薬の創出体制を徹底して強化しなければならない。その実現に向けて、経営陣が構造改革を進めることができるか否かに注目が集まるだろう。
2005年9月、三共と第一製薬は経営統合を行った。それによって、当時国内2位の製薬メーカーである第一三共が誕生した。プレスリリースによると、その目的は、グローバルな革新的新薬開発企業としての成長を実現することだった。
その背景には、1990年代以降の世界経済の環境変化が大きく影響した。まず、日本の経済は停滞した。バブル崩壊後は急速に資産価格が下落し、企業は経営の守りを固めなければならなくなった。不良債権問題の深刻化と処理の遅れによって日本経済の実力は低下した。一方、世界経済は急速にグローバル化した。国境のハードルは低下し、米国などの企業はより高い経済成長が期待できるアジア新興国など海外での事業運営体制を強化した。特に、製薬業界では世界全体で需要拡大が期待されるがんや神経治療薬、ワクチンなどの供給力を高めるために、買収や経営統合など業界再編が加速した。その結果、いち早くシェアを手に入れた企業の経営体力がさらに高まった。こうして、世界の医薬品市場は寡占化した。
三共と第一製薬の経営陣は、その状況に危機感を強めた。規模の経済効果と事業運営の効率性を高めるために両社は経営統合に踏み切った。それによって、よりスピーディーに新薬の研究開発を行い、世界シェアを獲得することが目指された。しかし、経営統合後、2018年頃まで株価は停滞した。複数の原因があるが、組織の統一に時間がかかったことは大きい。たすき掛けのトップ人事が続いてきたのはその一端を示す。
結果として、事業戦略は一貫性を欠いた。その象徴が、2008年に約5000億円を投じたインドの後発医薬品企業、ランバクシー・ラボラトリーズ買収だ。新薬開発の加速を目指す企業がジェネリック医薬品事業を強化するのは、事業戦略として説得力を欠く。見方を変えれば、海外企業の買収という結果を示し主導権を取ろうとする組織内の争いが熾烈だったということだろう。2014年に第一三共はランバクシーを売却した。第一三共は収益の柱となる事業を確立できず、株価は低迷した。
2018年以降、第一三共はがん治療薬の分野で成長を狙う戦略を明確にし始めた。特に、ADCと呼ばれる、新しいタイプの抗がん剤の供給を増やすことにエネルギーが注がれている。そのために、海外の大手製薬企業との連携が急速に強化された。主な提携先は、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、メルク、アストラゼネカなどだ。
ADCは、抗体と薬効成分(低分子の化合物)を結合させたがん治療薬だ。特徴は、抗体が薬効成分をがん細胞に運び、がんに直接働きかけることによって治療を行う。その効果を高めるために、第一三共は次のような創薬技術の高度化を実現してきた。まず、薬効成分の効果を高める。次に、抗体により多くの薬効成分を結合させる。血液中で抗体から薬効成分が外れた場合に他の細胞に与える悪影響を少なくすることも欠かせない。それによって、副作用を抑えつつ、治療効果を最大限に発揮させようとしている。ADCの一つとして第一三共は「エンハーツ」を開発した。現在、エンハーツは乳がんの治療に用いられている。今後、エンハーツは他のがん治療にも用いられていく見通しだ。