その結果、分社化から再結集へ、NTTの事業戦略は根本から組み替えられた。経営トップの強いリーダーシップのもと、まず、通信事業の運営組織が統合された。NTTはドコモを完全子会社化した。その上で、ドコモはNTTコミュニケーションズとシステム開発を行うNTTコムウェアを子会社化し、コスト削減を徹底した。その成果は徐々に業績に表れている。2022年4~6月期の連結決算では営業収益と当期利益が過去最高を更新した。
組織の統合によって、NTTグループ全体で新しい取り組みも増えている。ポイントはビッグデータの活用だ。その一つに、NTTライフサイエンスは遺伝子解析サービスなどを提供するジェネシスヘルスケアと資本業務提携を結んだ。それによって製薬企業や医療機関などによりよいデータ分析サービスを提供し、ウェルビーングの向上実現が目指されている。
デジタルツイン分野での取り組みも強化されている。デジタルツインとはリアルな世界のデータを収集し、バーチャル空間で再現することをいう。例えばファクトリーオートメーション(FA)をイメージ通りに実現するために、まず、デジタル空間内に工場や設備を再現する。その上で、想定通りにセンサなどが稼働するかを確認する。そこで得られた知見を実社会で生かし、より効率的な事業運営を目指す。傘下のNTTデータは工場のボイラ運転効率化に向けたサービスを提供する予定だ。具体的には、ボイラにセンサを設置し、二酸化炭素などの排出データを収集する。データを用いてシミュレーションを行う。その結果を用いて、温室効果ガスの排出を減らす。排出される蒸気の有効利用方法をソリューションとして企業に提案することなども目指されている。
世界のIT業界は、ウェブ2.0から3.0に急速にシフトしている。ウェブ3.0の時代では、IT業界はGAFAなどによる寡占から、個人などが主体的にデータを管理・活用するようになると予想される。デジタルツインは、生活の場でも当たり前になるだろう。必要に応じてネットに接続するという常識は崩れる可能性が高い。常に、リアルとバーチャルな世界が同時に進む展開が予想される。それがNTTに与えるインパクトは大きい。
米国の株式市場では、GAFAの成長性に明確な違いが表れ始めた。年初来、GAFA株の中でもメタの下落率が大きい。SNS上での広告事業に依存したメタの成長鈍化懸念は急速に強まっている。言い換えれば、IT先端企業が過去の成功体験、設備投資のサンクコストにとらわれることなく、新しい取り組みを強化できるか否かが問われる。
具体的な取り組みとして、分散型元帳と呼ばれるブロックチェーンの活用、非代替性トークン(NFT)の利用機会の増加、メタバース、量子コンピューティング、それに対応した新型のチップ開発などがある。また、そうした新しい技術や発想を実用化するためには、新しい素材の創出も欠かせない。
NTTは、ウェブ1.0、2.0の時代に対応することは難しかった。しかし、ウェブ3.0の時代では、ウェブ2.0を支えた発想が既存企業の成長の足かせになるかもしれない。それに加えて、米国などではインフレ鎮静化のために中央銀行が金融政策を引き締めなければならない。米国のIT分野では、業績悪化懸念が高まり、多くの企業がリストラを余儀なくされるだろう。それはNTTにとって、人材獲得や買収の好機になりうる。
NTTは成長を加速させる重要な局面を迎えつつある。必要なことは、これまで以上にNTT全体で組織の集中力を高めることだ。そのために、通信分野同様、データ分野に関してもNTT傘下に組織が再結集される可能性は高い。他企業との連携もさらに強化されなければならない。それらが成果を生むためには、雇用や組織運営の既成概念を打破し、常に、自律的に新しい発想の実現に取り組む企業風土の醸成が欠かせない。同社経営陣のさらなるリーダーシップ発揮に注目が集まる。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)