バイオジェンとの提携開始以降、エーザイの株価は認知症治療薬の治験結果と、医師や患者擁護団体などからの結果への評価に大きく影響されるようになった。臨床試験は順調との発表が行われると、株価が上向き90度の角度で急上昇するケースが増えた。反対に、米国の医療関係者などが新薬候補の有効性確認にはより多くの臨床試験が必要との見解を出すなどすると、株価は下向き90度の角度で急速に下落する場面が増えている。
2021年6月には、米食品医薬品局(FDA)がアルツハイマー型認知症薬のアデュカヌマブを承認し、エーザイ株は急騰した。しかし、アデュカヌマブ承認をめぐってFDAの諮問委員会の委員が辞任したり、米国の一部の病院がアデュカヌマブを使用しない方針を決めたりした。その結果、2021年7月中旬にエーザイ株は急落した。その上で、2022年9月28日に新しい認知症治療薬候補であるレカネマブの有効性が確認された。エーザイ株は急騰した。このように、2015年以降、エーザイ株は認知症治療薬への期待の高まりと、その後退による株価の乱高下を伴いつつ、緩やかに上昇してきた。認知症治療薬企業としてのエーザイの成長を期待する主要投資家は多いと考えられる。
エーザイは認知症に加えて、がんの治療薬分野でも成長を目指している。しかし、株価の推移などをもとに考えると、同社の強みがより大きく発揮されているのは認知症治療薬の分野とみられる。エーザイが成長を実現するために、さらなる集中と選択は不可避だろう。
世界の医薬品分野を俯瞰すると、各国企業の事業運営体制は、大きく2つのビジネスモデルに分かれている。一つはメガファーマ化が鮮明だ。ロシュやファイザーなどは、巨額の資金を投じて広範囲に新薬の開発を加速している。また、大手製薬企業は、有望なバイオ医薬品関連の製造技術をもつ企業などの買収を重ね巨大化している。
一方、スピードを重視して特定の分野での選択と集中を徹底している企業がある。希少疾患、がん、認知症、感染症など特定の領域に集中し、早期の製薬技術の確立などが目指されている。メッセンジャーRNA 分野に特化する米モデルナはその代表的な企業だ。2022年4~6月期、エーザイの売上収益は1,843億円だった。企業の規模、株価の推移などをもとに考えると、エーザイにとって、認知症分野への集中は、より高い成長を実現する重要な事業戦略になるだろう。
今後、世界全体で本格的な景気後退の懸念は追加的に高まる可能性が高い。一方、成長期待の高い認知症治療薬開発などの分野で競争はさらに熾烈化するだろう。その中でエーザイが高い成長を実現するために、大きく2つの取り組みが加速する可能性は高まっている。まず、経営陣は大衆薬の切り離しを急ぐ可能性が高まる。2つ目に、認知症治療薬以外の分野の事業運営体制は見直されるかもしれない。
言い換えれば、エーザイは、総合医薬品企業から、特定分野に集中して強みを発揮するスペシャリティファーマを目指して変革を加速すべき局面を迎えた。事業運営体制の変革が加速するとともに、同社の経営風土も大きく変わる。経営陣は新しい認知症治療薬の実現に向けて、組織を構成する一人一人が集中して取り組む環境を整備しなければならない。エーザイが選択と集中を徹底して加速させることによって、より高い成長を目指し、実現することが期待される。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)