9月28日、29日、国内株式市場ではエーザイ株が連日のストップ高となった。その要因は、エーザイが米バイオジェンと開発するアルツハイマー病の治療薬候補である「レカネマブ」の有効性が確認されたからだ。昨年7月、エーザイは別の認知症治療薬候補である「アデュカヌマブ」の収益化が遅れるとの懸念が高まり、株価が大きく下げた。レカネマブの有効性が示されたことはエーザイにとって非常に大きな成果だ。
エーザイは認知症治療薬の創出を加速し、高い成長を実現するチャンスを迎えつつある。世界全体で人々の健康寿命を延ばすために認知症などの治療薬をめぐる競争は急速に激化するだろう。その中で同社が成長を実現するためには、内外の大手製薬企業との連携を強めつつ、自社の研究開発体制を強化しなければならない。有力なパイプラインを持つ製薬企業を買収し、経営体力を増強する必要性も一段と高まる。世界経済の先行き懸念が急速に高まる状況下、エーザイは選択と集中を加速し、より多くの利害関係者から賛同を獲得すべき局面を迎えている。
1941年にエーザイは日本衛材株式会社として設立された。衛材とは、衛生材料、医療など私たちの健康にかかわるモノのことをいう。その後、エーザイは大衆薬(一般用医薬品)分野を軸に成長した。1952年には「チョコラBB錠」と乗り物酔いを防ぐ「トラベルミン錠」が発売された。1961年には胃薬の「サクロン」が発売されるなど、今日でもなじみの深い一般用医薬品が多く生み出された。
1960年代以降は海外事業も強化され、台湾、インドネシアなどに進出した。1970年代には、末梢性神経障害治療剤のメチコバールが発売された。1980年代には米国で化学品や製薬用機械の販売を開始した。さらに原薬(医薬品の原材料)を生産する企業も設立した。1990年代以降は、中国での事業運営体制が強化された。また、事業領域も広がり、ジェネリック医薬品の製造にも進出した。このようにエーザイは大衆薬を出発点に、事業領域を拡大した。
言い換えれば、エーザイは総合医薬品メーカーとしてのビジネスモデルを確立し、競争力を強化しようとした。1997年には、その成果が表れた。アルツハイマー型認知症治療薬である「アリセプト」と、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの治療に使われる「パリエット」の販売開始だ。この2つの治療薬が発売されると、エーザイの成長は加速した。2003年度、5,000億円台だった売上高は、2007年度に7,000億円台、2009年度には8,000億円台へ急増した。またこの間、新薬の発売によって得たキャッシュを活用してエーザイは海外企業や資産の買収を行い、がん治療薬のラインナップを増やすなどプロダクトポートフォリオを拡充した。
しかし、エーザイはアリセプトとパリエットに次ぐヒットを生み出すことが難しかった。2つの治療薬の特許が切れるに伴い、エーザイの業績は悪化した。2010年度以降は時間の経過とともに売上高の減少が鮮明化した。リーマンショック後、2014年末ごろまでエーザイの株価は上値の重い展開が続いた。主要投資家にとって、エーザイのさらなる成長を期待することが難しい状況が続いたといえる。
その状況を大きく変えたのが、認知症治療薬の研究、開発、臨床試験体制の強化だ。2014年3月、エーザイはバイオジェン・アイデック・インク(現バイオジェン)と連携した。それは、収益力の増加期待を高める大きな要因になった。ポイントは、アリセプトを生み出したエーザイの認知症治療薬の創出力と、バイオジェンの神経治療薬分野の研究開発力の結合だ。それによって、主要投資家はエーザイの成長が加速する展開を期待し始めた。エーザイは総合医薬品企業としてのビジネスモデルの変革にも取り組んだ。具体的には、資産売却が進められた。検査薬や食品事業が切り離された。徐々に、エーザイは事業運営体制を見直し、成長期待の高い分野での取り組み強化に事業戦略の力点を移し始めた。