「挨拶」という基本的な動作を例に挙げるだけでも、日本語と英語とで意味やニュアンスは大きく異なることがわかる。日本語を母語にする我々日本人と、英語を母語にする人の間で英語を話すときの頭の働きはまったく違うのかもしれない。
「より根本的な話からすると、言葉によって物事の見え方が違ってくるんですよ。人は言語によって、思考したり、物を言い表したりできるようになるので、習得する言語次第では、同じ物を見ていても表現の仕方が異なることは珍しくありません。
哲学が発展したドイツは、ドイツ語が哲学のボキャブラリーに溢れていた言語だったからこそ、ドイツ人は理屈っぽいと言われることがあります。日本でも雨を表す言葉が多く、よく感性が豊かだと外国人から褒められますよね。このように、言葉の表現方法をひとつ見るだけでも、言語の構造、物に対する認識が違うのがおわかりでしょう」(同)
日本人の会話に見られるいくつかの特徴が原因で、英語で話すことが難しくなっている面もあるという。
「たとえば、日本語特有の『暗黙の了解』。日本語は『察する文化』から成り立っている要素が、他の言語よりも大きいのです。文脈を意識しないローコンテクストな英語に比べ、日本語はハイコンテクスト文化であり、文脈に依存した会話をします。
例えば日本人の40代女性同士の会話で、『今度飲みに行かない?』という誘いに対して『ごめん、家に母がいるから』と返ってきたら、誘った側は“親の介護があるのだな”と察するでしょう。しかし、アメリカ人が相手だと『家にお母さんがいるのはわかるけど、あなたが行けない理由にはならなくない?』と意味が通じないんです。
この会話では、飲みに行けない理由が論理的ではありません。英語は、論理的に相手に伝えるというスキルを重要視されるので、文脈を意識する日本語では鍛えづらい部分なんですね」(同)
ほかにも日本人が意識しすぎる日本語コミュニケーションの特徴があるという。
「会話のキャッチボールですね。日本人は沈黙を恐れて、テンポよく会話が進むことを意識しすぎていると感じます。日本人は対話というものは、キャッチボールのようにすぐに言葉を出さなければいけないと思いがち。例えば『あなたのお母さんってどんな人?』と尋ねると、『優しい』『厳しい』などと端的に形容詞だけで返答するといった方が多いでしょう。結果、とりあえず一言だけ伝えることになってしまいます。
一方、日本人のキャッチボール的な会話とは違い、英語圏ではサッカーのドリブラーみたいに自分から会話を展開する光景が目立ちます。英語圏では自分から物事の描写をしっかりと説明し、会話の内容を具体的にしようとする傾向にあるんです。ですから日本人の会話は少し説明不足のように感じますね」(同)
では、そんな日本人が英語を効率よく習得するために、やるべきトレーニングとは何か。
「まずは日本語から学び直すという方法はおすすめしません。というより、英語を学ぶと同時に日本語についても学び直していくほうが効率的ですし、何より両方の言語の違いを確認できて習得が容易になります。
英語を学ぶことによって、会話の流れを読む能力、思考して言葉にする能力が伸びます。個人的には、英語を習得することは一種の成功体験となると考えているので、英語習得を機にさまざまなスキルを獲得するきっかけになってほしいですね」(同)
多くの日本人が難しいと感じる英会話。だが確かに日本語での会話が上手にできない人が、どんなに英語の知識を吸収してもスムーズな英会話ができないというのは、理屈として筋が通っているように感じる。英語で喋りたいのに努力が実を結ばないという方は、一度自分の日本語力と向き合ってみるべきなのかもしれない。
(取材・文=文月/A4studio)