損失隠し事件から10年、なぜオリンパスは完全復活を遂げられたのか?祖業も売却

 現在、オリンパスの業績は好調だ。収益の増加を支えているのが世界7割のシェアを持つ内視鏡事業だ。検査や患者の身体に負担の少ない手術など、内視鏡の利用は世界全体で増えている。先進国での高齢化に加えて、人口が増加する新興国でも経済成長に伴って内視鏡の利用は増えるだろう。

 それに加えて、世界の医療・ヘルスケア業界ではIT先端技術を活用した健康管理の向上にビジネスチャンスを見出す企業が増えている。例えば、内視鏡を用いてわたしたちの身体に関するデータを収集する。その上で、AIを用いて時系列に画像データを分析し、疾病リスクの変化などを確認する。そのデータをクラウド空間で保存する。そうした事業運営体制を整備することは、世界の人々のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)向上に寄与するだろう。

 医療分野では光学技術とソフトウェアの新しい結合も加速する。加速化する事業環境の変化に対応してオリンパスが成長を目指すためには、より多くのヒト、モノ、カネをそうした最先端の分野に再配分することが欠かせない。ただし、現在の業績拡大は内視鏡事業だけでなく、土地の売却や円安に支えられている部分がある。企業としての実力向上のために、オリンパス経営陣は内視鏡事業の成長強化にこれまで以上にコミットし始めた。

内視鏡事業のいっそうの事業拡大は急務

 当面、オリンパスは内視鏡事業の売り上げ増加に集中しなければならない。それが、治療機器事業の収益拡大に決定的影響を与える。治療機器事業は内視鏡につけて使うクリップや高周波ナイフなどを扱う。2022年3月期、顕微鏡など科学事業の売上高は1,191億円、全体に占める割合は13.7%だった。科学事業の売却によって売上高は一時的に減少するだろう。

 そのインパクトを可能な限り小さく抑えて成長を加速するためには、内視鏡事業の運営の効率性向上に徹底して取り組まなければならない。その一つに中国など新興国での販売体制強化がある。オリンパスの売上高の75%が日米欧で獲得されている。それに加えて、先進国ではより詳細な内視鏡による診断と治療が可能と期待される超音波内視鏡の売り上げ増加を急ぐ。内視鏡事業の売り上げ増加を早期に実現することが、デジタル分野での買収やアライアンスを強化するための資金獲得に欠かせない。

 その一方で、世界の医療機器業界では、急速にデジタル技術と医療関連の技術の新しい結合が急増している。例えば、心臓ペースメーカーなどを主力製品とするメドトロニック(本社はアイルランド、事業本部は米国)の売上高は3兆円を超える。アジア太平洋地域においてメドトロニックは医療、ヘルスケア分野で革新的なソフトウェアの設計・開発や革新的な治療法などの開発に取り組む企業を発掘し、出資する体制を強化した。

 最先端の研究開発に取り組むスタートアップ企業に対するいち早い出資、買収をめぐる競争が激化している。より多くの企業との関係を強化できるか否かが、医療機器メーカーの成長に決定的影響を与える時代が本格化している。オリンパスは、内視鏡などハードとソフトウェアの新しい結合を実現するために個々人の集中力を引き出し、高めなければならない。そのためには、成果主義のさらなる徹底など、個人の実力、成果に応じた人事評価制度の強化は避けられないだろう。祖業売却によって、オリンパスの事業変革は加速する。同社の取り組みは、他のわが国企業が新しい事業運営体制や人事制度を目指す大きな試金石となるだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)