東京法令出版は、その名の通り、警察や司法関係者向けの法令書や実務書を出版・販売している。そんな同社の刊行物の中で異彩を放つ存在が、今年2月に発売された『清く・楽しく・美しい推し活 推しから愛される術』(河西邦剛、松下真由美)という一般向けの書籍だ。
同社の編集担当は、この本の出版経緯について、累計発行部数73万部(2022年7月時点)のベストセラー書籍『こども六法』(山崎聡一郎/弘文堂)がヒントになったと語る。
「『こども六法』は難解な法律をイラスト付きで子どもにもわかりやすく示した本で、我々も法令書を扱う会社として、『世の中の人がもっと法律を身近に感じる書籍をつくれるのでは』という意識が芽生えたのです。私自身も『推し活』をしている中でファンの迷惑行為を見聞きすることが頻繁にあり、法律の視点から推し活における問題行動を取り上げる本があってもよいのではと考え、企画にしました」(編集担当)
「推し活」とは、簡単に言えばファン活動のことを指す。アイドル、アーティスト、俳優、タレント、お笑い芸人、キャラクターなど、自分にとって他人に「推したい」ほど好きな対象を“推し”と呼び、それを応援する活動を「推し活」と呼ぶのだ。
今や若い世代にとって“推し”がいることは当たり前で、Z世代を対象としたシンクタンク組織のZ総研が公開した「リアルZ世代のトレンドを調べるZ総研トレンド通信~Z総研トレンド通信Vol.12『オタ活編』~」によると、「推しはいますか?」という質問に対し、調査対象者のうち96.3%が「はい」と回答している。
「『推し活』におけるNG行為について自分自身で学ぶ場やツールは少なく、ネットで検索しても、個人の感覚やマナーの範囲内で語られている情報が多いため、大勢の人が疑問や悩みを抱えています。『法律』を根拠にした情報を提示することで、そのモヤモヤを解消し、何気なく行われることも多い迷惑行為に対して問題意識を持ってほしいと思い、出版に至りました」(同)
ブームが拡大し、推し活を楽しむ人口が増えていけば、比例してトラブルも増えていくのは自然なことだ。本書の著者の一人である松下真由美弁護士は、「特にSNSでのトラブルが多いです」と話す。
「情報収集やファン仲間とのコミュニケーションなど、推し活においてSNSは欠かせないツールです。それゆえにトラブルも多く、チケット譲渡詐欺や画像・動画の無断転載、誹謗中傷などについて、本書でも取り上げています」(松下氏)
デジタルネイティブ世代である今の中高生は、SNSでのやり取りが盛んだ。さまざまな情報にアクセスする術も、大人以上に熟知している。行きたいライブのチケットがハズレてしまった……。推しが出ている雑誌が欲しいけどお金がないから買えない……。そんなとき、推し活に勤しむ中高生たちはSNSでチケットを譲ってくれる人や、雑誌の誌面をアップロードしている人を探す。
「SNSでのチケット譲渡は、詐欺に巻き込まれる可能性がとても高いです。数カ月分のバイト代を注ぎ込んで高額転売されているチケットを購入したけど、それが詐欺だったなんてケースもあります。お金を騙し取られる以外にも『チケットを譲ってあげるから裸の写真を送ってほしい』など、性的な要求をされる事例もありました」(同)
大人より騙しやすいという理由で、中高生を狙って声をかける犯罪者は多いという。さらに、若い世代は被害者になってしまうケースだけでなく、無知ゆえに加害者になってしまう場合も少なくない。