ウクライナの国営原子力企業エネルゴアトムは8月7日、「6日夜にロシア軍がウクライナ南部のザポリージャ原子力発電所を砲撃し、作業員1人が負傷した」と発表した。これに対し、同原子力発電所を支配下に置いているロシア側は「ウクライナ軍が多連装ロケット砲で攻撃した」と反論している。原子力災害の懸念が急速に高まっているなか、互いの行為を非難し合う状況が続いている。
現場は極めて危険な状態になりつつある。使用済み核燃料が入った容器がある原子力施設の付近にロケット弾が着弾し、現場は消火作業を余儀なくされている。原子力発電所の周辺にある放射性物資の監視センサーも損傷したことから、使用済み核燃料が漏れたとしても迅速に検知・対応することが不可能になっているという。
国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は前日、「原子力発電所への攻撃は原子力災害のリスクがあるものの、現段階では原子炉の損傷や放射性物資の流出はない」としていたが、状況は一夜にして悪化してしまった形だ。稼働中の原子力発電所への攻撃は、放射性物資が周辺地域に広く流出する事態を招きかねない極めて危険な行為だ。IAEAはザポリージャ原子力発電所の視察を求めているが、戦闘が続いているせいで、現在まで実現に至っていない。
ウクライナ南部に位置する欧州最大規模を誇るザポリージャ原子力発電所(原子炉を6基保有)が3月4日にロシア軍に占拠されたことで国際社会が大騒ぎになったことは記憶に新しい。戦闘の際に原子力発電所の研修施設に火災が発生したが、このことは国際人道法(1949年ジュネーブ条約第1追加議定書)で攻撃が禁止されている「危険な威力を内蔵する施設(原子力発電所など)」が攻撃目標となったことを意味する。
過去を遡れば、建設中の原子炉が軍事攻撃を受けた事案はいくつかあった。イスラエル軍によるイラクのオシラク原子炉空爆(1981年6月)やテロリストによるフランスの高速増殖炉への対戦車ロケット攻撃(1982年1月)などだが、運転中の商業用原子力発電所が軍による地上攻撃にさらされたのは初めてだった。
ロシア軍が3月に占拠して以降、ザポリージャ原子力発電所は小康状態を保ってきたが、なぜ再び深刻な事態になっているのだろうか。ウクライナ南部の激戦に備え、ロシア軍がザポリージャ原子力発電所に多くの重火器を持ち込み、同原子力発電所を要塞化したからだとされている。原子力発電所を「盾」にして一方的に攻撃を仕掛けるというロシア軍の戦術に対し業を煮やしたウクライナ軍は、7月20日にドローンによる攻撃を実施した。ウクライナ軍によれば、3人のロシア兵が殺害され、12人のロシア兵が負傷した。攻撃を受けて爆発する施設や逃げ惑うロシア兵の様子などがネット上で公開されている。
使用されたドローンの種類は明らかになっていないが、「神風ドローン」の可能性が高いと見られている。神風ドローンはその名のとおり、体当たりして認識した標的を破壊するドローンだ。ウクライナ軍は当初から神風ドローンなどを戦場でフル活用しており、その多くは西側諸国から供与されている。これ以降、ロシア・ウクライナ両軍の攻撃は激化の一途を辿っている。
ザポリージャ原子力発電所で稼働しているのは旧ソ連型の加圧水型原子炉だ。加圧水型は現在稼働している原子炉の主流を成す軽水炉の1つのタイプだ。ザポリージャ原子力発電所の建設が開始されたのは1980年、旧ソ連型とはいえ欧米の加圧水型原子炉とほぼ同様の安全基準をクリアしているといわれている。
原子炉自体は航空機が衝突してもびくともしないように設計されていることから、現場の兵士たちは「原子炉は通常の攻撃で破壊されることはないため、放射能の流出などの深刻な事態を招くことはない」と考えているようだが、油断は禁物だ。軽水炉には炉心の周辺で生じたトラブルを適切に処理しないと炉心溶融が起きるという弱点がある。東京電力の福島原子力発電所の重大事故も炉心本体の問題ではなく、外部電源の喪失により引き起こされたものだった。