また、買収戦略も強化された。2009年にはかつて松下電器産業の一部門だった三洋電機を買収しバッテリー事業を強化した。2021年にはサプライチェーン管理を行うソフトウェア開発企業の米ブルーヨンダーを71億ドル(当時の邦貨換算額で約7800億円)で買収した。脱炭素やデジタル化に対応するために経営陣は必死になって事業ポートフォリオを拡充している。人工知能(AI)やロボットなどの専門家の採用も増えた。
その上で、今回、米国に新たなバッテリー工場を建設する。パナソニックにとって、車載バッテリー分野で過去最大の投資だ。近年、パナソニックの重要顧客であるテスラは中国のCATLや韓国のLGエナジーソリューションからのバッテリー調達を増やし始めた。ということは、テスラにとってパナソニックよりも低いコストで、満足できるバッテリーを手に入れることが可能になっている。パナソニックは、今回の投資によってテスラに自社のほうを向き続けてもらいたいだろう。何とかしてテスラとの関係を修復、強化しなければならない。そういった危機感が今回の投資の根底にあるはずだ。インフレ急上昇など世界経済の先行き不確定要素が増える中で、経営陣が腹をくくったといってもよい。
パナソニックは徐々に選択と集中に取り組み始めたと考えられる。世界全体でバッテリーの需要は急速に増える。脱炭素を背景にEV需要は伸びるだろう。再生可能エネルギーの利用のために蓄電池の需要も高まる。ウクライナ危機の発生によって欧州では天然ガスが急激に不足している。世界的に電力不安も高まっている。成長が期待できる分野で設備投資を積み増すことはパナソニックの成長に欠かせない。
資源価格の高騰など世界経済の先行き懸念は高まっている。厳しい環境ではあるが、事業運営次第では、パナソニックが車載バッテリー市場のシェアを高めることは可能だろう。今回の直接投資は、中国との競合激化に直面するバイデン政権が戦略物資の調達体制を強化するために欠かせない。見方を変えれば、パナソニックは稼ぎ頭を確立する大きなチャンスを迎えた。
必要なことは、選択と集中の加速だ。中韓のバッテリーメーカーは同社を上回る規模で生産能力を強化している。例えば、1月に韓国のLGエナジーソリューションは株式の新規上場によって約1兆円を調達した。米国、カナダでの工場建設に加えて、LGエナジーソリューションはインドネシアでもバッテリー工場を建設する。インドネシアでの合弁事業規模は98億ドル(約1.4兆円)に達する見込みだ。それによってLGエナジーソリューションはGM、フォード、ステランティスなどより多くの自動車メーカーとの取引強化を目指す。
インドネシアでは中国のCATLが工場を建設し、鉱山開発にも取り組む。6月には世界的な株価下落にもかかわらずCATLが450億元(約9000億円)の増資を実施した。さらにCATLは中国政府からの土地供与などの補助を受けている。パナソニックに比べコスト負担は圧倒的に低い。
パナソニックは原材料の確保を含め激化するバッテリー市場の競争に勝ち残らなければならない。そのために取り組むべきことは多い。安全性をはじめ総合的なバッテリー製造技術に磨きをかけることはいうまでもない。航続距離の延長を実現するバッテリー製造技術を持つ企業の買収や連携強化は急務だ。海外直接投資の積み増し、自動車メーカーや当局との関係強化も加速しなければならない。サプライチェーンの再構築も避けて通れない。必要な資金確保のために、事業ポートフォリオの入れ替えやコストカットは加速するだろう。
現在、世界全体で物価が急騰し、株価は下落基調だ。事業運営の厳しさが増す中での対米直接投資の発表は、パナソニック経営陣の決意の表れといえる。経営陣が退路を断って改革を進め、バッテリー事業を中心に選択と集中が加速する展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)