バイデン米大統領は7月15日、サウジアラビアでサルマン国王やムハンマド皇太子らと会談し、ロシアのウクライナ侵攻などで高騰している原油の増産を要請した。だが今回の会談でサウジアラビア側から具体的な増産の方針は示されなかった。バイデン氏は会談後に「今後数週間で増産に向けた追加措置を期待する」と発言したが、念頭にあるのは8月3日に開かれるOPECプラス(OPECとロシアなどの大産油国で構成)の閣僚会合のことだ。
2016年に設立されたOPECプラスの世界の原油供給(日量約1億バレル)に占めるシェアは4割に上る。コロナ禍が引き起こした需要減に対応するため、2020年に大減産を実施した(日量970万バレル)が、その減産幅を少しずつ減らし、8月にはゼロとなる予定だ。8月の会合では9月以降のOPECプラスの生産枠について議論することになっており、米国側は「OPECプラスの『縛り』が外れたサウジアラビアに増産の余地がある」と考えているようだ。
だが、直近の2年間で世界の原油需給をめぐる状況が一変している。2年前に供給過剰に直面していたOPECプラスはこのところ実際の生産量が目標に到達しない状況が続いており、今後の課題は原油の生産能力を需要に見合う形で確実に維持・増加させていくことに変わりつつある。
世界の原油の上流部門は5年以上にわたって投資不足が続いており、サウジアラビアも例外ではない。昨年のサウジアラビアの石油掘削装置(リグ)稼働数は2019年の水準を下回り、完成した油井数も2017年以降の最も低い水準となっている。専門家は「これらは懸念すべき数字であり、サウジアラビアの生産余力が今後縮小することを示している」と危惧している。「余剰生産能力がある」と期待されるサウジアラビアだが、8月の生産目標は日量1100万バレルと歴史的な高水準となり、生産能力(日量1200万バレル)の天井に近づきつつある。「ない袖は振れない」のだ。
米国はサウジアラビアとロシアの離間を狙っているようだが、6年にわたるOPECプラスの活動を通じて両国の間に信頼関係が築かれており、米国が楔を打ち込む隙はないだろう。米国は「中東地域に関与し続ける」としているが、今後プレゼンスが下がり続ける可能性が高いと言わざるを得ない。
バイデン大統領の中東歴訪は空振りに終わった印象が強いが、にもかかわらず原油価格は今後下落する可能性が高いと筆者は考えている。原油価格は年明け以降、約40%上昇し、1バレル=100ドル前後で推移している。足元の状況は「供給不足」と「需要後退」という2つの要因が牽制し合う「もみあい」の状況になっており、1日当たりの変動幅が大きくなっている。
供給不足の材料がロシア産原油であることはいうまでもない。西側諸国がロシア産原油の輸入を減少させたことで世界の原油供給が不足するとの懸念から原油価格が高騰したが、タンカーで世界各地に供給することができる原油の仕向先の変更は比較的容易だ。割引されたロシア産原油をインドと中国が「爆買い」していることから、ロシアの原油生産量は順調に回復している。「ロシアプレミアム」で高騰してきた原油価格だが、その影響が薄れていけば、原油価格の下押し圧力になるだろう。
供給不安を材料視する動きは依然として根強いものの、7月に入ると需要後退を懸念する声が強まっている。世界最大の独立系石油商社ビトル・グループは3日、「世界的な燃料コストの急上昇が需要への重しになり始めている」と警告を発した。
世界最大の原油需要国である米国では6月、ガソリン価格は過去最高となった(1ガロン=5ドル超え)。コロナ禍の2年間で国内の精製能力が減少したことで供給が不足気味になったからだ。ガソリンが高嶺の花になってしまったことでドライブ旅行を断念する動きが顕著になっており、ドライブシーズン後のガソリン需要は日量900万バレル弱と伸び悩んでいる。ガソリン価格も下落に転じ、1ガロン=4.5ドル割れとなっている。