暗号資産市場が激震に見舞われている。暗号資産の中で最大規模を誇るビットコインの価格は2万ドルを割り込んでいる。昨年11月の6万9000ドルの高値から70%近く下落した。暗号資産全体の時価総額も昨年11月のピーク時の約3兆ドルから約9000億ドルとなり、その規模は3分の1になってしまった。
暗号資産市場が低迷している背景には、米連邦準備制度理事会(FRB)の急速な政策金利の引き上げがある。金融引き締めの局面で最もリスクが高い資産と認識されている暗号資産が最初に売られるのは当然だ。
だが、暗号資産市場の大幅な下落は中央銀行のせいばかりではない。「システムの複雑さ」も関係している。暗号資産の市場は非常に断片化しているが、市場参加者はレバレッジ(投機的)取引を行い、複数の暗号資産を同時に運用している。こうした市場では価格に対する信頼が損なわれやすく、悪影響はあっという間に広がる。それまで存在していると思われていた流動性が瞬時に消えてなくなることがしばしばだ。
今回の激震のきっかけとなったのは、5月のステーブルコイン・テラUSDの急落だった。米ドルとのペッグが外れたことで400億ドル相当のテラが実質的に無価値になった影響は、暗号資産業界全体に波及した。暗号資産の貸出業を手がけるセルシウス・ネットワークは6月、顧客資産を凍結し、顧客は資金を引き出せない状況に陥った。銀行で言えば「取り付け騒ぎ」だ。
暗号資産運用専門のヘッジファンド「スリー・アローズ・キャピタル(3AC)」は6月29日、英領ヴァージン諸島の裁判所から事業清算を命じられた。暗号資産関連企業のリスク管理やデユーデリジェンス(資産査定)の甘さが浮き彫りになり、市場全体を圧迫している。暗号資産業界は金融危機の様相を呈していると言っても過言ではない。
暗号資産は何度も調整局面を経験しているが、時価総額がここまで大きくなり、市場参加者も多様化した現在、暗号資産市場の動揺がこれまでと同様「コップの中の嵐」でおさまるのだろうか。米国株と暗号資産の価格の相関関係が高まっていることから、暗号資産の低迷は株式市場に悪影響をもたらすとの懸念が生じている(6月28日付日本経済新聞)。S&P500種株価指数とビットコインの相関関係は年初から上昇傾向にあり、5月上旬時点に過去最高水準に達した。相関関係が高くなっているのは機関投資家による暗号資産の運用が広まったからだ。機関投資家は、ビットコインをハイテク株と同様リスク資産として運用しており、下落局面で相関性が一気に高まった形だ。
国際通貨基金(IMF)は今年1月、「暗号資産が従来型の市場とますます絡み合うようになっている」と指摘した上で「暗号資産の広範な普及が金融の安定性にリスクを及ぼす可能性がある」と警告を発している。IMFが懸念するのは、2008年に不動産を裏付けとしていた金融資産が市場を凍り付かせ、世界規模の金融危機を引き起こしたように、大規模な暗号資産の暴落が伝統的な金融システム(銀行や証券、信用市場など)に悪影響を与える可能性だ。
現在起きている暗号資産のパニック売りが、2008年の金融危機につながったデリバテイブ(金融派生商品)の売りを彷彿させる点にも注目している。世界の金融経済は幸いにもこれまで暗号資産市場の悪影響を受けることはなかった。運用の主役が一般投資家だったからだ。
暗号資産関連企業が銀行口座を開設するのに苦労していたのはそれほど昔のことではないが、暗号資産と伝統的な金融システムの融合はこのところ急速に進んでいる。暗号資産業界に合わせたサービスを積極的に提供する銀行も存在する状況をかんがみると、今後伝統的な金融機関がダメージを被る可能性は高まっていると言わざるを得ない。