半導体以外の部品の不足も重なることによって、国内では自動車や医療機器などさまざまな工業製品の生産が企業の計画通りに進んでいない。半導体が不足しているということは、それを製造する装置の供給が追いついていないことに他ならない。本来であれば新品の(より効率的な半導体製造を可能にする)装置が欲しいが、品薄であるため手に入らない企業は多い。国内外で、やむを得ずに中古の半導体露光装置などをかき集める半導体メーカーは増えているようだ。
半導体業界の専門家によると、ロジック、パワーマネジメント関連の半導体の不足は簡単には解消しない可能性が高い。その要因は多い。ウクライナ危機などをきっかけに世界全体でエネルギー資源の需給が逼迫しているため、再生可能エネルギーの利用やより効率的な電力供給体制の確立のためにパワーマネジメント関連の装置需要は高まる。分散型のネットワークシステムであるブロック・チェーンを用いた経済活動が増える「ウェブ3.0(スリー)」への期待も高まっている。いずれも半導体の需要を押し上げる。
その一方で資材価格の高騰や人手不足、中国のゼロコロナ政策による都市封鎖の長期化などによって世界の供給制約は深刻だ。短期間で半導体の供給が増える展開は予想することが難しい。その状況下、2023年にニコンは回路を縦に積み重ねることによってチップの高性能化を可能にする3次元化に対応した露光装置の投入を目指す。同社の経営陣は風向きの変化を捉える準備を進めているといえる。
当面、半導体の露光装置を中心にニコンの精密機械事業への追い風は強まるだろう。そうした環境変化を持続的な成長につなげるために、ニコンは新しい取り組みを増やさなければならない。新しい露光装置の投入が目指されていることは、ニコンの精密かつ微細なモノづくりの力が、容易に模様できるものではないことを示唆する。そうした強み=コア・コンピタンスが維持できているうちに、ニコンは露光技術などの創出にかなりのスピード感と規模感を持って経営資源を再配分すべきだ。
それとは反対に、事業構造の改革が遅れる場合、中長期的にニコンの収益力は低下する恐れが増す。一つのシナリオとして、同社は中国などの半導体製造装置メーカーから急速に追い上げられるだろう。その展開が現実のものとなれば、同社の競争力は一段と低下し、事業運営体制は縮小均衡に向かう可能性が高い。
ビッグチャンスというべき事業環境を最大限に活用するためにニコンに期待したい取り組みの一つは、国内外の企業との連携強化だ。バブル崩壊後、同社は社外との連携を強化するよりも、既存のビジネスモデルの温存を優先したように見える。今こそ、その教訓を生かすべきだ。例えば、ASMLなど海外の企業と新しい露光技術の確立に向けた共同研究の体制を整備することは、同社に新しい発想と、環境変化へのしなやかな対応力の向上をもたらす可能性がある。熊本県ではTSMC、ソニーグループ、およびデンソーが合弁で運営する半導体工場の建設が始まった。それはニコンが半導体をより効率的に製造する技術の確立を目指すチャンスになる可能性を秘める。
半導体製造装置に加えて、医療機器の分野でも同社の精密な製造技術が強みを発揮するだろう。そうしたビジネスチャンスを確実にものにするために、ニコンの経営陣はコストの削減を徹底して、不退転の覚悟を持って最先端のモノづくりの力の向上に取り組むべき時を迎えている。最先端分野での製造技術開発競争の激化が予想される中で、同社があきらめずに新しいモノづくりの力を実現する展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)
●真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。