この問題は中東の産油国にとっても同じことが言えるかもしれないが、ロシアのほうがより事態は深刻である。中東地域は世界でも屈指の日射量があり、太陽光発電所を整備し、そこから得られる豊富な電力を利用して水素を製造・輸出するという選択肢が残されている(カタールなどはすでにそうした戦略に舵を切っている)。だが、天候が悪いロシアにその選択肢はない。
プーチン大統領は、冷徹で有能な権力者であり、ロシアが極めて厳しい状況にあるという現実を誰よりも理解している。エネルギーという交渉材料を失う前に、欧州とロシアの政治的な関係を再定義し、かつ経済的にもそれなりの道筋を付けることがプーチン氏にとって、最大の責務ということになるだろう。
今後、ロシアの覇権がさらに低下するという現実を考えた場合、ウクライナが欧州化することだけは絶対に避けたい。ウクライナが欧州化すると、民主化とグローバル経済化の流れがロシアにも押し寄せ、独裁権力の維持がままならなくなる。
欧州とロシアとの間では、ウクライナの中立化というプランが水面下の交渉で検討されているという報道もあるが、ウクライナ侵攻という強引な手段を用いなければ、こうした交渉のテーブルに欧州を引っ張り出すことは不可能である。ロシアには危険なゲームを仕掛けるインセンティブが存在しており、何らかの形でウクライナの欧州化を阻止する政治的枠組みの構築がロシア側の最終的な狙いと考えられる。
ウクライナの中立化とパッケージ・ディールになると考えられているのが天然ガスの供給契約である。
再生可能エネルギーへのシフトが進んだ場合、石油や天然ガスの需要は減ってしまう。しかし、現時点においてエネルギーシフトはまだ移行途上であり、欧州はむしろ大量の天然ガスを必要としている。加えて言うと、ある一定水準までエネルギーシフトが進んだとしても、天候不順といった不測の事態に備えて、一定量の天然ガスは確保しておく必要がある。
仮にロシアが欧州に対し、一定価格で天然ガスを長期供給する契約を結べれば、欧州にとってもロシアにとってもメリットになる。特にロシアにとってはエネルギー輸出が激減し、国家財政が一気に悪化するという最悪の事態を回避できる。
ロシアは政治的にはウクライナの欧州化阻止、経済的には天然ガス供給の長期契約化を狙っていると考えられるが、もうひとつ、乗り越えなければならないカベがある。それは米国による金融制裁の回避である。米国はロシアがウクライナに侵攻した場合、経済制裁を加えると通告している。
現時点においてドルは基軸通貨であり、ロシアや中国など米国と利害が対立する国であっても、貿易の決済や通貨の両替には原則としてドルを使わざるを得ない(例えばルーブルと日本円の為替取引でも、間にドルが入る)。ドルのやり取りには最終的には必ず米銀が絡むので、米国政府がその気になれば、銀行に指示することで各国の貿易を停止に追い込める。
ロシアに限らず、各国は米国に首根っこを押さえられた状況であり、米国が制裁を発動すれば、経済は大打撃を受けてしまう。ロシアはこうした状況から脱却するため、ドル経済圏からの離脱を進めてきたが、貿易には相手が存在しているので、自国だけでどうにかなるものではない。
ここで重要な役割を果たすのが中国の存在である。中国も欧州と同様、米国の影響から離脱するため、再生可能エネルギーへのシフトを進めているが、欧州と同様、現時点では大量の天然ガスを必要としている。ロシアは近年、中国に対する天然ガスの供給を急ピッチで増やしており、工業製品など、エネルギー以外の品目についても中国との貿易を拡大している。