1月10日、数多くの野球漫画を世に送り出した漫画家の水島新司さんが肺炎のため、82歳で亡くなった。
その代表作を挙げればキリがないが、やはり最大の作品は『ドカベン』だろう。1972年に『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載が開始された本作は、主人公の“ドカベン”こと4番・キャッチャーの山田太郎をはじめ、“悪球打ち”の1番・サード岩鬼正美、“秘打男”の2番・セカンド殿馬一人、そして“小さな巨人”右サブマリンエースの里中智ら“明訓四天王”の活躍を軸に常勝・明訓高校(神奈川)の熱い戦いを描いた高校野球漫画である。
“打倒・山田”や“打倒・明訓”を狙う全国のライバルたちも、個性豊かで強力かつ魅力的なキャラクター揃い。数々の激闘や死闘が繰り広げられ、読者を熱狂させてきた。
そこで今回は、作中で繰り広げられてきた甲子園大会の熱戦の中から“2大死闘試合”をセレクトした。なお、今回はあくまで『ドカベン』の中から選んでおり、続編に当たる『大甲子園』は対象外としている。
まずは、2年生春の選抜決勝戦だ。前年夏の優勝校・明訓は夏春連覇を狙って決勝戦進出。相手は前年夏の準決勝で辛勝した最大のライバル・土佐丸(高知)である。両校の意地と意地がぶつかり合い、まさに死闘となった。試合は3-4と明訓が1点を追う9回裏、1番・岩鬼のタイムリーで同点とし、延長戦へ突入する。
だが、その延長戦で明訓はすでに精魂つき果てようとしていた。“山田殺し”としてワンポイントリリーフする犬神了のトリッキーな投法の前に、頼りの4番・山田は翻弄され、まったく手が出ない。さらに第4打席で右手首に受けた死球の影響で、握力が低下。バットが振れなくなってしまう。エース・里中も前の試合で負った突き指が悪化。それでも痛みをこらえて投げ続けたことにより、ヒジが悲鳴を上げてしまうのである。
それでもなんとか土佐丸の攻撃を抑えていたが、迎えた12回表。里中渾身の一球を土佐丸の主砲・犬飼武蔵がレフトスタンドへホームラン。ついに1点を勝ち越されて、明訓は土俵際まで追い込まれてしまう。
負けられない明訓だが、ケガをしている山田に期待はできない。それでもその裏、1死一塁とすると、打席には2番の殿馬。アナウンサーの「天才児・殿馬くんの登場です」という紹介とともに、場面は殿馬の中学時代の回想シーンへ。そこでは当時ピアニストとして、そのセンスを高く評価されていた殿馬の苦悩が語られ、“ピアニストを目指していたにもかかわらず、なぜ野球を始めたのか?”という理由も明らかになっていく。
現在と過去が交錯するなか、殿馬は投手に背を向けながら、なんと右打席の一番外側に立つ。小さい身体と短い腕の殿馬にとって、もっとも不利と思われるポジションである。当然、土佐丸のエース・犬飼は外角にストレートを投じる。これではバットが届かないと思った瞬間、殿馬はベンチ裏でバット職人に急遽つくらせ隠し持っていた長いバットを出し、ライトへ流し打ち。するとボールはライトラッキーゾーンへと飛んでいく。中学時代、“届かない指”でピアノの栄冠を逃した殿馬が、今度は“届かないはずのバット”で栄冠を勝ち取りにいくのだ。その名も“秘打・円舞曲『別れ』”。
この打球を懸命に追うライトの犬神。フェンスによじ登ってキャッチするも、そのまま身体も落ちてしまい、劇的な逆転サヨナラ2ランとなる。こうして見事、明訓が夏春連覇を達成したのだが、この土佐丸戦では山場山場で殿馬以外の明訓四天王も、死闘を通じてそれぞれの忌まわしい過去を思い出す展開が秀逸だった。