絵が描けなくても漫画制作…World Maker、少年ジャンプ+の強かな狙い

 もちろん、World Makerというツールそのものの認知度向上と、使い勝手の向上という点も狙いとしてあるでしょう。使ってみたユーザーが感じた要望を参考にしたり、出来上がってきたネームを見て、もう少しこういうふうに改善したほうがいいかなという、アップデートの方向性が見えてくると思いますからね」(まつもと氏)

漫画は縦読みスクロールの“スマホ時代”に突入する?

「少年ジャンプ+」編集部が漫画のネームに対してここまで熱量を注ぐ背景には、これまで発表されてきた作品の特徴が関係しているという。

「ジャンプ系の漫画には、絵を描く作画担当とお話をつくる原作担当に分かれている作品が少なくありません。物語の構成力が極めて優れている優秀な原作者がいないとつくれない漫画というものもあります。そういった優れた原作者をもっと発掘しようというのが、『World Maker』が生み出されたそもそものきっかけだったのではないでしょうか。

 従来の漫画ネーム大賞などでは、お話をつくれる原作者候補を発掘するという目的ながら、応募者自身でコマ割りをしておおまかな絵を描く必要があったわけです。ですがWorld Makerを使えば鉛筆すらいらず、『World Maker ネーム大賞』はスマホだけで応募までできるため、応募するためのハードルは非常に下がりますよね。

『少年ジャンプ+』編集部が重要視しているのは“新しい面白さ”という点ではないでしょうか。漫画自体が“スマホ時代”に突入しており、ネーム原作者に求められるスキルやセンスが変わってきているのも事実です。そのため、編集部側も新しいタイプの原作者を発掘したいと考えているのでしょう」(まつもと氏)

“スマホ時代”への突入とはいったいどのようなことを指しているのだろう。

「紙の見開きをベースとした従来の漫画をつくる場合、漫画特有の“文法”のようなものが求められます。例えば、ページの切り替わりの箇所で、次のページをめくりたくなるようなコマを最後に置いて、ページをめくった最初のコマで答え合わせをするような展開を用意しますよね。ところが現在、韓国発のデジタルコミックの一種である『ウェブトゥーン』の人気が世界的に拡がっている背景などもあり、スマートフォンに対応した縦読みでスクロールしていける漫画も一ジャンルとして成り立ちつつあるため、これまでの漫画の文法といったものが再構築されていく時期にきているのです」(まつもと氏)

「ウェブトゥーン」の影響は、日本の漫画事業を海外展開させるためには欠かせない要素となってくるようだ。

「日本で生活していると、漢字ベースの漫画や見開きベースの漫画に違和感がありませんよね。ですが日本の漫画は左開きになるので、海外の読者には普段読んでいるアメリカなどのコミックとは逆の方向で読ませることになります。そのため、海外で日本の漫画はコアなファンのコレクターアイテムといった認識で、海外の書店ではあまり売られていないのが実情です。

 そういった環境のなかで、日本の漫画を海外展開させるには、やはりスマホが重要になってきます。今後欧米などでも『ウェブトゥーン』的な縦読み漫画がさらに浸透していく可能性がありますから、日本の漫画もそちらを意識せざるを得ないというわけです。

 私は大学の授業の一環として実際にWorld Makerを利用したことがあるのですが、従来どおりの紙ベースを想定した見開き漫画のネームをつくろうとすると、少し物足りないと感じる場面はありました。ただし、縦読みのスクロールのネームを描くぶんにはほとんど問題がなかったのです。ですからWorld Makerは、今後もっと浸透していくであろう縦読み漫画を意識したサービスでもあるのでしょう」(まつもと氏)

「少年ジャンプ+」編集部がWorld Makerをリリースしたのは、絵が描けない優秀な人材を漫画業界に引き込むという目的だけではなく、スマホ対応の縦読み漫画時代も見据えた一手ということなのかもしれない。

(文・取材=海老エリカ/A4studio)