具体的な取り組みは4つに分けられる。まず、事業再編が加速している。トッパンはグループ全体の意思決定のスピードを高め、より効率的な事業運営体制を確立するために、トッパン・フォームズの完全子会社化を目指す。特に、投資の重複が避けられる意義は大きい。それに加えてトッパンは、半導体用フォトマスク事業を分割し、新会社を設立する予定だ。いずれも、トッパンがメタバースへの選択と集中を進めていることと言い換えることができる事例だ。それだけメタバースがビジネスモデルに与えるインパクトは大きい。
2点目に、他社への買収戦略が強化されている。トッパンはパスポートや運転免許証などのIDソリューション事業を運営する南アフリカの企業を買収した。それは、デジタル技術の強化に加えて新興国で加速するデジタル化のダイナミズムを獲得するための取り組みの一つに位置づけられる。海外での買収案件は増加する可能性が高い。
3点目が資産の売却だ。具体的な取り組みの一つが政策保有株式の売却だ。トッパンは営業関係の強化などを理由に、複数の国内企業の株式を保有してきた。2021年3月期の有価証券報告書を確認すると、トッパンはリクルートホールディングスなどの株式を徐々に売却している。それは先端分野での投資資金を確保するための取り組みだ。
最後に提携戦略が強化されている。トッパンはアバター生成や物流関連のシステムを手掛けるスタートアップ企業などとの提携を増やしている。それは同社がメタバース関連分野でのビジネスチャンスを早期に発掘し、具体的なビジネスモデルの確立に欠かせない。
メタバースはトッパンに限らずすべての企業により多くのビジネスチャンスをもたらす。その機会をどう生かして成長につなげるかが経営陣の腕の見せ所だ。ポイントは、経営陣が過去の事業運営の発想へのこだわりを捨てられるか否かだ。
これまで、トッパンは印刷に関する知見、専門知識を活かすことによって包装や電子機器関連部材など、事業を多角化してきた。しかし、過去がそうだったから、将来も印刷に関する発想が自社の成長を支えるとは限らない。むしろ、個人情報の保護に関するノウハウなどメタバース時代に重要性が増す要素を見極めつつ、ビッグデータの活用やよりリアルなアバター生成のテクノロジーなど新しい発想の取り込みを進めることの重要性が増すだろう。その上で、新しい需要を生み出すことが、資産の収益性を向上させる。
このように考えた時、トッパンには取り組みを強化できる余地が多い。例えば、2019年8月にトッパンは図書印刷を完全子会社化した。その後のトッパンの株価は不安定だ。図書印刷の買収がトッパンの成長期待を高めたとはいいづらい。
トッパンがメタバース分野での世界的な企業を目指していると利害関係者が納得するためには、さらなる取り組みが求められる。その一つとして、政策保有株式の売却を進めたり、既存の事業ポートフォリオを見直して事業の売却を進めたりする意義は大きい。それによって得られた資金をこれまで以上のスピードと規模感を持ってメタバース関連分野に再配分することは資産の収益性向上を支えるだろう。反対に、そうした取り組みの加速が難しい場合は、収益性の向上は難しいかもしれない。
米国などではグーグルやマイクロソフトなどが急速にメタバース分野での取り組みを強化し始めた。メタバースにしっかりと対応できる企業と、そうではない企業の二極化が鮮明化し始めている。世界全体でメタバースの成長機会をめぐる企業の競争はさらに熾烈化する。競争激化に対応し、高い成長を実現するためにトッパン経営陣が過去の事業運営の発想に固執することなく、より大胆な発想をもって事業構造の改革を加速させる展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。