「180度くらいの方向転換だ」
11月5日、任天堂が開いた経営方針説明会で、アナリストや市場関係者から驚きの声が挙がった。事業投資に消極的だった任天堂が、主力ゲーム機「ニンテンドースイッチ」関連ビジネスに27年3月期までの5年間に4500億円を投じる計画を明らかにしたからである。古川俊太郎社長は「規模の拡大に注力する」と説明。ゲーム開発者の採用など人的投資に1000億円を投下する。採用人数は明らかにしなかったが、数百人規模になるとみられる。
任天堂は歴史的に、ゲームの開発は外部の関連会社に依頼することが多く、自社で開発者を増やすことには消極的だった。一転して人的投資に動いたことに衝撃が走ったのだ。任天堂はキャッシュリッチ企業である。借入金がなく、現金など手元流動性の高い資産を潤沢に保有している企業の代名詞だ。
創業家の3代目・山内溥氏は、花札をつくる任天堂をゲーム会社に転換させ大成功を収めた。倒産の危機に何度も直面した溥氏は、現金の重要性を肝に銘じた。ゲームソフトのコストは開発費と人件費だ。頭脳の仕事だから、大規模な設備投資を必要としない。任天堂はゲームソフトで得た利益をM&A(合併・買収)に回すわけでもない。配当を大幅に増やして株主を喜ばせることもしてこなかった。ひたすら預金をして、現金を積み上げてきた。
借金をして業績が左前になった挙句、借金が返せなくなる惨めさが染みついていたから、手元に現金を残すことに向かわせた。大きな勝負をするにあたって、資金が必要になっても、銀行から借金もせず、手持ち資金で賄えるように準備してきた。社債を発行して外部から資金を調達することも行っていない。コロナ禍の巣ごもり需要が追い風となり、スイッチが絶好調だった。現預金は21年9月末時点で1兆716億円。前年同期比8%増えた。無借金を貫いてきた。
古川社長は「手元資金をどう効果的に活用していくかを改めて検討する良い機会を得た」と、突然の方針転換の理由をこう説明したが。17年3月に売り出したゲーム機ニンテンドースイッチの累計販売台数は9287万台。22年3月期の販売計画を2400万台へと下方修正したが、累計販売台数は間もなく1億台を突破する。
「スイッチの購入は『一家に1台』から多様化し、今後は『ひとり1台』を目指せるとみている。過去のゲーム専用機ビジネスでは経験したことのない6年目の成長を目指せると考えている」(古川社長)
これを同時に、積み上がった現預金の活用方針を公表したわけだ。オンラインサービスのニンテンドーアカウントなど顧客との関係基盤強化に最大3000億円、グループ内のソフト開発の構築に同1000億円、映像などゲームと親和性の高い娯楽分野に500億円を追加投資する。
これまで積極的ではなかったM&Aについても「否定しない」という。投資計画に基づき、ゲームの開発拠点を拡充する。本社隣に建設中の京都市の新庁舎の6~7階、約8500平方メートルを借り受け、22年5月から入居する。22年中に旧本社跡地の任天堂・京都リサーチセンター(京都市)の敷地内にゲーム製作向けのビルを新築する。自前の開発者を増やすことで開発のスビードを速めるだけでなく、今後は外注コストを抑える。
21年4~9月期の連結決算は減収減益だった。ゲーム機やゲームソフトがバカ売れだった前年の反動である。流行語にもなったゲームソフト「あつまれ どうぶつの森」がヒットした反動は、想定した以上に大きかった。
売上高は前年同期比18.9%減の6242億円、営業利益は24.5%減の2199億円、純利益は19.4%減の1718億円だった。携帯専用機と合わせたスイッチシリーズの販売台数は34.0%減の828万台、ソフトも6.3%減と伸び悩んだ。