「指揮者なんて、最初だけ振ってテンポを教えてくれたら、あとはオーケストラだけで演奏できるよ」
僕が米ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の副指揮者を務めていた時期に、親しくなった楽員が冗談交じりに言った言葉です。確かにその通りで、20世紀以降の込み入った曲では難しいですが、通常はテンポが変わることがない限り、指揮をしなくてもオーケストラは演奏を続けることができます。
指揮者はホールの客席に行ってオーケストラのサウンドをチェックすることがあるのですが、指揮者なしでもオーケストラは正確に弾き続けています。それどころか、自分が指揮をしているよりも良い音が出ていて、少しがっかりすることもあるくらいです。
「指揮者が客席に行く時に、むしろもっと良い音を出そうとがんばったりするんだよね」と、親しいコンサートマスターが笑いながら話してくれました。指揮者とオーケストラのプライドがぶつかり合うような丁々発止を繰り返しながら、リハーサル、本番と進んでいくのです。
オーケストラの音を良くすることは、指揮者の大事な能力のひとつです。もちろん簡単な話ではありませんし、特に優秀なオーケストラであればあるほど、常日頃の演奏自体が素晴らしいわけで、それ以上のクオリティをつくるのは至難の業となります。
しかし反対に、クオリティを壊すのは簡単です。音楽大学出たてのひよっこ指揮者であっても、世界的な大巨匠であっても、以下の方法を使えば、オーケストラはあっという間に演奏不可能に陥るのです。
そのやり方を明かす前に、少し説明が必要でしょう。オーケストラの楽員は、目の前の譜面台に置かれた楽譜を見て演奏しています。重要な場所では、楽譜から目を離して指揮者を見ることもありますが、楽譜を見ないことには演奏ができませんし、一時も目を外すことができないような複雑な楽譜を演奏することもあります。しかし、常にどこかで指揮者を見ているのが不思議です。指揮台からは、誰も見ていないようであっても、指揮に即座に反応するのです。
もちろん、指揮がよく見えるように、すべての楽員が指揮者のほうを向いて演奏しているのですが、もしかしたらベテランの楽員などは、無意識に近い状態で指揮者を見ているのかもしれません。指揮を“見る”というよりも、“見えてしまう”と言ったほうが正確かもしれません。
たとえば、熟達したタクシードライバーが、前方の信号や周りの車に注意を集中して運転しながらも、どこかで手を上げている乗客を目で追っているのと似ています。ほかにも、夜にパトロール中の警察官が、パトカーを運転しながら、すれ違ったクルマのドライバーの目線を不審に感じて職務質問をしたりするという話を聞いたこともありますが、それも同様でしょう。
さて、そんなオーケストラですが、指揮者が演奏をめちゃくちゃにする方法は至って簡単です。演奏も始まり、「指揮者なんていなくても演奏できる」という状態になったとします。そこで指揮者がまったく違うテンポで指揮をするだけで、オーケストラは総崩れするのです。どんなに著名なオーケストラでも、間違いなくめちゃめちゃになるでしょう。楽員は、長年の経験により、見ているつもりでなくても見えてしまう指揮のテンポに、体が勝手に合わせるようになっているので、混乱してしまうのです。
実は、もうひとつ方法があります。これも簡単で、拍子と違う方法で指揮をすると、テンポが正しくても、これはこれで大変なことになってしまうのです。
音楽には「拍子」があることはご存じだと思います。代表的なものに、2拍子、3拍子、4拍子、6拍子とありますが、各々、指揮をする形が決まっています。たとえば、3拍子の音楽なのに4拍子の形で指揮をしたら、大変なことになります。拍子にはほかにも5拍子や7拍子などもありますが、5拍子なのに三角形の形で指揮をする3拍子のやり方で指揮をしたら、世界最高峰のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団であっても、自分が演奏している拍がわからなくなってしまって、ほどなく総崩れしてしまうでしょう。