なぜオーケストラには指揮者が必要?指揮者なしでも正確な演奏は可能という事実

 そうなると、「指揮しなくても演奏できるよ」ではなく、むしろ「頼むから指揮をしないでくれ。自分たちで勝手に演奏するから」と言われることは間違いありません。

なぜ指揮者がいなければならないのか

 では、指揮者とは、いったい何なのでしょうか。なぜ必要なのでしょうか。

 オーケストラは、時に100名を超えるメンバーが一緒に演奏します。しかし、毎年12月になればいやになるほど演奏するベートーヴェンの『第九』であっても、一人ひとりの曲に対する考え方やイメージが異なるのは当然です。たとえば、一人ずつ別室で『第九』を演奏する実験をしたとしたら、100人が100人とも、異なるテンポ、異なる雰囲気で演奏するに違いありません。そこで指揮者の出番となります。「今回はこれでいきます!」という言葉が適切かどうかはわかりませんが、指揮棒を振りながらテンポや音楽的雰囲気を伝えて統一していきます。

 ここで疑問に思われたと思います。テンポは指揮を振るだけで伝わりますが、音楽的雰囲気をどうやって伝えるのでしょうか。指揮を柔らかく振ったり、固めに振ったり、時には顔の表情を使ったりと、さまざまな方法があるのですが、テンポの速い遅いだけでも、音楽的雰囲気はがらりと変わります。

 そこで思い出したのは、ビートルズの出世作『Please Please me』です。ビートルズ初アルバムの1曲目を飾り全米チャート第1位を取ることになった、「ビートルズといえばこの曲」と言えるような、軽快な曲です。

 しかし、ジョン・レノンが当初作曲したときは、スロー・テンポな曲だったそうです。当時のレコーディング・プロデューサーのジョージ・マーティンは、「テンポが遅く退屈で、ヒットしそうな見込みはない」と感じたそうですが、思いつきで「テンポを上げてみたらどうか?」と提案した結果、世界的な大ヒット曲になりました。テンポひとつで音楽の印象が大きく変わるのは、どの音楽の世界でも一緒なのだと思います。

 テンポを決めるのは、指揮者にとっては腕も見せ所です。速ければ良いというわけでもなく、ゆっくりとしたテンポで、聴衆の心にしみじみと音楽の良さを伝えることもあります。しかも、オーケストラもどんなテンポでも演奏できるわけではないですし、作曲家の意図も考えながらテンポを決める作業には毎回、僕も頭を悩まされ続けています。

(文=篠崎靖男/指揮者)

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●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。エガミ・アートオフィス所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/