第2次岸田内閣が11月10日に発足した。衆議院選挙で政権基盤を固めた岸田総理が持続的な成長への道筋を示せるのか、注目が集まっている。
岸田総理が新設した「新しい資本主義実現会議」は8日に緊急提言案をまとめた。「成長と分配の好循環」の実現に向けた具体的方策が今後検討されることになるが、筆者は「バブル崩壊以降、なぜ日本の資本主義が機能しなくなってしまったのか」についての原因究明が何より大事ではないかと考えている。
「成長」か「分配」か、望ましい資本主義のあり方をめぐっての論争は大いに結構だが、この2つのキーワードを有効に機能させる第3のキーワードがあると思うからだ。そのキーワードとは「信頼」のことだ。
そもそも資本主義社会は信頼を基本として成り立つ社会だ。他人への信頼が高い社会であれば、経済取引が円滑に進みやすい。経済学では近年「人々の互恵的な考え方や他人への信頼の程度が経済成長に影響を与える」という研究結果が報告されている。その研究によれば、「他人は信頼できる」と考えている人の割合が高い国は、そうでない国と比較して経済成長率が高かったという。興味深いのは「もともと他人への信頼が高い国が高い経済成長を実現していた」という関係は確認されたものの、「経済成長したから他人への信頼が高くなった」という関係は認められなかったことだ。
次に「分配」と「信頼」だが、他人への信頼が低い(互恵的な考え方が浸透していない)国では自らが稼いだ収入を他人のために利用されることへの抵抗感は強いだろう。このように「信頼」が資本主義が有効に機能するための最も重要な要素なのだ。
資本は通常(1)金融資本(現金や株式など)、(2)物的資本(建物や設備など)、(3)人的資本(労働者の能力など)に分けられる。だが「信頼」の重要性が認識されたことで「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」という概念が生まれている。社会関係資本とは、他人への信頼や「持ちつ持たれつ」などで表現される互酬性の規範、人々の間の絆である「ネットワーク」を指す言葉だ。
意外かもしれないが、日本のソーシャル・キャピタルは世界的に見てお粗末な状態にある。英国のレガタム研究所が発表している「レガタム繁栄指数」の項目に「ソーシャル・キャピタル度」がある(ギャラップの世論調査などから指標を作成)。2020年の結果を見てみると、日本は167カ国中、総合指数では19位なのに、ソーシャル・キャピタル度の項目では140位と振るわない。世界の社会科学者が実施している「世界価値観調査」でも、日本人の他人への信頼度は年を追う毎に低下し、「先進国の中で最も他人を信頼していない」ことが明らかになっている。米国やドイツと比較すると、日本人が何らかの組織に参加(社会参加)している人が少ないこともわかっている。
ここで注意しなければならないのは、「利益を受けたから返礼する」という日本で知られる「義理」の関係では真の信頼は生まれないということだ。信頼とは前もって相手を信じることであり、根拠なき賭けだ。だが、それなくして信頼関係は築けない。
既存の組織への参加率が低下していることからわかるように、日本では他人との信頼関係を構築する機会が減っている。このことが影響しているのではないだろうか。
欧米では企業による雇用に代わる「協同労働」という働き方にも注目が集まりつつある。協同労働とは労働者1人1人が出資(一口3~5万円)して、経営方針について各自の意見を反映させることができるというワークスタイルだ。日本でも高齢者福祉や学童保育などいわゆるエッセンシャルワークの分野で協同労働が広まりつつある。だが法的な枠組みが整備されていないことから、これまでのところ、NPO法人などの制度が活用されている。「お金もノウハウもみんなで出し合う」というフラットな組織は、他人との適切な関係性(信頼)を築くための格好のトレーニングの場になるだろう。