新型コロナウイルスの起源について、8月下旬に米情報機関が「自然発生したのか、研究所から流出したのか、わからない」という報告書を公表してから1カ月がたち、日本での関心は薄れている。だが海外メディアはその追及の手を緩めていない。
英テレグラフは9月21日、「中国武漢の科学者たちが新型コロナウイルス感染症が発生する前に伝染力の強い変異種コロナウイルスを作る計画を立て、トランプ政権傘下の機関に研究費支援の要請を行っていた」と報じた。この報道は新型コロナウイルスの起源調査のために世界の科学者が作ったウェブ基盤の調査チーム「DRASTIC」が公開した文書をもとにしている。DRASTICは、公開された文書は匿名の内部告発者から提供されたものだとしている。報道の概略は以下の通りだ。
中国武漢の科学者たちは新型コロナウイルスが出現する1年半以上前(2018年3月)に、雲南省の洞窟に生息するコウモリに新しい「スパイクタンパク質」が移植されたコロナウイルスを注入する計画を立て、米国防総省傘下の国防高等研究計画局(DARPA)に研究費1400万ドルを支援するよう要請した。
DARPAには「感染症の脅威から軍を守る」という使命があり、PREEMPT(病原性脅威発生の予防)プログラムがある。武漢の科学者たちは研究目的を「SARSに関連する新種のコロナウイルスがアジアに広まる潜在的な可能性を排除する」としていた。
科学者たちが立案した計画のなかには、(1)人間により感染させることができるよう遺伝的に強化されたウイルスを作る、(2)MERSの変異種と伝染力は高いが危険性が低い変異種を混合することも含まれていた。MERSとは12年から中東地域中心で感染が拡大したコロナウイルスの一種だ。致死率は30%以上と極めて高い(新型コロナウイルスの致死率の10倍以上)が、感染力は弱いとされている。
DARPAに提案を行ったのは、新型コロナウイルスの起源に関心を持つ人々の間で今や有名人となったニューヨークの非営利団体エコヘルス・アライアンスのピーター・ダザック代表だ。この研究チームに「バットウーマン」と呼ばれる武漢ウイルス研究所の石正麗博士も参加していた。
さすがのDARPAもこの提案を拒否した。「提案した課題は実験が実施される地域全体を危険に陥れる」との理由からだが、そのリスクは実験が実施される地域にとどまらず、世界全体に波及するだろう。新型コロナウイルスのような感染力が高いMERSが出現していたら、人類は破滅の危機に立たされたであろうことは専門家でなくても想像できる。考えただけでもゾッとする話だ。それにしてもダザック氏らはこのような危険な研究をなぜ行おうとしたのだろうか。「マッドサイエンティストも真っ青」と言わざるを得ない。
DARPAがこの提案を拒否したことで「人類は救われた」と思うのは早計のようだ。専門家によれば、これらの研究自体は多額の資金がなくても実施可能だからだ。以上がテレグラフの報道の内容だ。
ダザック氏らは別の米国連邦機関から資金を獲得することに成功していた。9月13日付コラムに書いたことだが、ダザック氏らは米国立衛生研究所(NIH)から連邦研究資金を受けて人間に感染するコウモリのコロナウイルスの研究を行っていたことがわかっている。
米インターネットメディアであるザ・インターセプトはNIHに情報公開を拒否された900ページ以上に及ぶ文書を、米情報公開法の助けを借りて入手した。同メディアが注目したNIHが交付した助成金のタイトルは「コウモリ・コロナウイルスの出現リスクに関する評価」だ。数千にも及ぶコウモリのサンプルをスクリーニングして新たなコロナウイルスを発見するという内容であり、エコヘルス・アライアンスに14年から19年にかけて総額310万ドルの資金が提供された。そのうち59万9000ドル分が武漢ウイルス研究所に流れていた。SARS系統に加え、MERS系統のコロナウイルスの実験が行われていたことも言及されていた。NIH資金により実施された研究と、今回明らかになったDARPAに申請した研究の関連については明らかになっていない。