日本と異なり、米国にはすべての国民を対象とする公的な医療保険制度がない。米国では人々が民間医療保険に加入し、保険でカバーされない医療費を自分で支払う。それに加えて、医療費が上昇していることもあり、企業が従業員に対して支給する医療関連のベネフィット(福利厚生)費の増加も問題となっている。その一方で、医療機関にとって医療費は重要な収入源だ。そのため、経済全体で見ると医療費の抑制は難しい状況が続いている。
医療費の高騰を抑えるためには、生活習慣病の検査などをより身近にする必要がある。その分野でもオムロンは取り組みを進めている。米国で同社が「COMPLETE」という商標の血圧測定と心電図の記録を同時に行う検査機器を発売したことは、その代表的な取り組みだ。COMPLETEでは、アプリをダウンロードしたスマホを血圧計本体につなぎ、血圧と同時に心電図を測定・記録する。
世界的に見ても、食生活の変化や高齢化の進展とともに高血圧症などの検査需要は拡大傾向で推移するだろう。そうした展開予想をもとに、オムロンは中国の薬局チェーン大手と提携して糖尿病などの簡易検査事業も進めている。コロナ禍以前、人間ドックを受診するために訪日する中国人観光客が増えたことを考えると、オムロンの遠隔医療や予防医療関連の技術は、健康向上への人々の関心を引き付け、より多くの需要を獲得する可能性がある。
過去から不老不死の薬を求める逸話が多くあるように、いつの時代もわたしたちは健康を維持したい。中長期的に世界経済全体でヘルスケア関連技術の重要性は高まる。アップルの「アップル・ウォッチ」には血中酸素の計測機能などが搭載され、グーグルはFitbitを買収した。いずれにも、健康維持に関する世界の需要を獲得する狙いがある。今後、多様なオムロンの事業展開が考えられるなか、家庭へのIoT技術の導入、および、透明性あるデータ管理体制整備の重要性は増すだろう。
2つの要素の集合をイメージするようにしてオムロンのビジネスモデルを考えると、同社はFA関連の制御技術とヘルスケア関連の技術という2つの成長の要素を持つ。同社の業績は、FA関連のセンサや産業用ロボット需要を取り込むことによって回復している。それに加えて、ヘルスケア事業も感染症対策としての体温測定の増加などに支えられて成長している。
オムロンにとって重要と考えられるのは、2つの集合の積集合の部分を増やすことだ。つまり、IoTの技術を、遠隔医療と予防医療に結合する。それによって、人々はより気軽に遠隔医療のサービスを活用することが可能になるはずだ。定額課金制での遠隔医療サービスの提供拡大など、IoTとヘルスケア事業のシナジー効果は大きいだろう。
そのためには、信頼できるデータ管理体制の整備が欠かせない。近年、日本では当初の説明と異なる国でSNSなどのデータ管理が行われ、一時ユーザーのデータが社外からアクセス可能な事態が起きた。それは、企業の社会的な信用を低下させる。逆にいえば、オムロンにとってIT先端企業との提携などを強化することによってデータ管理体制の強化を徹底する意義は高い。
IoTとヘルスケア関連技術の結合を目指し、それにデジタル技術の積極的な活用を目指すことによって、オムロンがさらなる成長を目指すことは可能だろう。また、オムロンがデジタル技術を積極的に活用して欧米などでの遠隔医療への需要をより多く取り込むことは、日本の社会と経済の変革にも無視できない影響を与えるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。