高機能材料関連の事業に関して、台湾に加え、韓国と米国でも富士フイルムは半導体部材を生産している。韓国のサムスン電子は、富士フイルムが供給する素材を用いてスマートホンのカメラなどに用いられるイメージセンサーの性能向上を実現した。つまり、最先端の半導体生産技術には、純度の高い半導体部材の生産技術が欠かせない。
他方で、世界経済全体のレベルで考えると、最先端の半導体生産技術の有無は各国の経済成長と安全保障の両面に関わる問題と化している。米国は最先端を中心に自国内での半導体生産を増やしたいようだ。TSMCや韓国のサムスン電子は米国への直接投資を表明した。それに加えて、インテルも半導体生産能力の向上に取り組む。また韓国や台湾は、国際世論への発言力の向上のために最先端の半導体生産技術の強化をより重視するだろう。
そうした世界経済の環境変化は、感光材やイメージセンサー用カラーフィルタ材料など、富士フイルムの半導体部材事業にとって追い風だ。米国、台湾、韓国にて供給体制をもつ同社の半導体部材事業は、さらなる事業環境の変化に対応しやすい。それに加えて、静岡県にて富士フイルムはEUV(極端紫外線)に対応した最先端の感光材などの開発と生産に取り組んでいる。富士フイルムが最先端の素材研究・開発、および生産を日本で行っていることは非常に重要だ。
富士フイルムにとって最先端の半導体部材の開発と量産の実現は、海外で行うよりも日本で行ったほうが効率的なのだろう。そうした企業が増加するか否かが、中長期的な日本経済に与えるインパクトは大きい。
台湾で最先端の半導体生産技術を開発することをTSMCは重視している。その理由は、事業運営の効率性を高めやすいからだ。日本と台湾では言語も、人々の生き方も異なる。政府の支援内容も異なる。そうした要素を踏まえると、TSMCが本当に日本に半導体工場を設けるか否かは、慎重に考えなければならない。
日本に求められる発想は、そうしたマイナス面を補って余りあるベネフィットをTSMCに提示することだ。その一つとして、富士フイルムの取り組みはTSMCがどうしても手に入れたいと思う部材の創出につながる可能性がある。国内で、富士フイルムがこれまでにはなかった機能を持つ半導体部材を量産し、その供給体制を整えれば、TSMCにとって日本進出のインセンティブは増すかもしれない。
近年の富士フイルムの経営方針からは、潜在的なチャンスを手に入れて成長を実現するために、不退転の決意で自己変革を進める強い意志が感じられる。対照的に、1990年初頭のバブル崩壊後、多くの日本企業が自己変革よりも雇用維持などを重視し、その結果として環境変化への対応は遅れた。そう考えると、TSMCなどが日本の素材や精密機械メーカーとの関係を重視しているとみられることは重要だが、状況は楽観できない。
半導体サプライチェーンの“地殻変動”をはじめ、世界経済の環境変化は一段と加速している。それに対応するためには、富士フイルムのように、自社の強みを磨き、常に自己変革を目指す経営風土の醸成と、経営トップの一貫したコミットメントが重要だ。そうした企業が増えれば、半導体の部材や製造装置の分野などで日本が新しいモノを生み出し、世界から必要とされる競争ポジションを確立することは可能だろう。そうした展開を考えるために、富士フイルムの半導体部材関連の事業がどう運営されていくか、注目する意義は高まっている。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。