現在、台湾をめぐって米中の対立が先鋭化している。台湾積体電路製造(TSMC)が回路線幅5ナノメートル(ナノは10億分の1)をはじめ、最先端の半導体生産技術に積極的に取り組んでいるからだ。台湾がもつ最先端の半導体生産技術をめぐって、両国の対立は熱を帯びる可能性がある。
その状況下、日本の半導体産業を取り巻く環境も急速に変化している。車載用など世界的に半導体が不足するなかで、熊本県にTSMCが回路線幅16、あるいは28ナノメートルの半導体工場を建設すると報じられた。今後の展開は楽観できないが、日本企業がこれまでにはなかった半導体部材などを供給することができれば、日本にTSMCが工場を設ける可能性はあるだろう。
その点を考えるために、富士フイルムに注目したい。コロナ禍において同社は「アビガン」などヘルスケア事業の成長を加速させた。それに上乗せするようにして、同社は世界的な高付加価値半導体部材メーカーとしての競争力発揮を目指すチャンスを迎えている。それがTSMCの工場誘致をはじめ日本経済に与えるインパクトは大きいだろう。
今日、世界のあらゆる産業分野でデジタル化が加速している。具体的には、5G通信網の普及やIoT、自動運転技術の開発が進み、半導体の性能向上(小型化や低消費電力性能の向上など)のために、回路の線幅を小さくする微細化の重要性が増している。それに加えて、基板上に複数の機能を持つ半導体を積み上げる技術(システム・オン・チップ、SoC)開発も加速している。
いずれの分野でも世界最大のシェアを台湾企業が握っている。その結果、台湾の持つ最先端の半導体生産技術が、各国の経済成長と安全保障により大きく影響し始めている。
例えば、台湾においてTSMCは、米国の最新鋭戦闘機「F35」に搭載されている軍事用の半導体を生産している。もし、その技術が中国に渡れば、国有・国営企業は最先端の半導体生産能力を獲得して経済成長は加速する可能性がある。それは、米国をはじめ世界の安全保障体制の不安定感を高める要因になるだろう。米国は基軸国家としての立場を守るために、また中国は国家資本主義体制を強化して国際社会への影響力を強めるために、TSMCの持つ最先端の半導体生産技術を重視し、その結果として台湾海峡の地政学リスクが高まっていると考えられる。
その状況下、台湾にてTSMCは最先端の半導体生産ラインの開発に取り組んでいる。その要因として、台湾政府の支援、専門家人材の育成と供給、土地などのコストの相対的な低さ、および部材供給拠点や製造装置のトレーニングセンターの集積などがある。台湾には、富士フイルムをはじめ複数の日本企業が半導体の部材生産拠点を構え、産業集積が進んだ。台湾にとって最先端の半導体生産技術は国際世論における発言力向上を目指す手段として重要性が高まっているだろう。
他方で、TSMCや韓国サムスン電子、米インテルなどに匹敵する半導体メーカーが見当たらない日本では、経済産業省が「半導体・デジタル産業戦略検討会議」を設置した。政府は、TSMCの工場誘致によって自動車産業などへの半導体供給の増加などを目指していると考えられる。
その状況下で注目したいのが、富士フイルムだ。端的に言えば、同社はイノベーションを積み重ねて成長してきた企業だ。2000年以降、富士フイルムはカラー複合機などオフィス関連事業に加えて、写真フイルムの技術を応用して化粧品や画像診断装置、「アビガン」などの医薬品の開発に取り組み業態の転換を進めた。コロナ禍の発生によってその成果は明確に発揮された。2021年3月期、外出自粛の影響からドキュメント(オフィス関連機器など)やイメージング(画像)関連の事業は減収だった。その一方で、同社の医療、医薬、高機能材料の収益は増加した。