JR東海は21年4月、リニアの品川-名古屋間の総工費が難工事への対応などで1.5兆円増え7兆円にのぼる見通しを発表している。静岡県下での工事の停滞が続けば、さらに追加コストが発生する可能性が高い。
JR東海は当初目標だった27年の品川-名古屋開業の時期を見直す方針を示しているが、新たな開業の時期は決まっていない。正式に開業延期を決める場合は、工事実施計画を変更し、改めて国土交通省の認可を得る必要がある。
6月21日の株式市場でJR東海株が4日続落。前週末比665円(3.9%)安の1万6510円まで下落した。静岡県知事選挙で、静岡工区の着工を認めない川勝知事が再選されたことで、「工期が延び、追加的な費用が発生すれば、JR東海の業績を一段と圧迫する」(アナリスト)ことから売られた。
JR東海の昨年6月の株主総会でJR発足時から民営化を支え、リニア中央新幹線の推進役であった葛西敬之名誉会長が取締役を外れた。葛西敬之氏の在任中の最大の“業績”はリニア中央新幹線を“国家事業”に格上げしたことだ。安倍晋三首相(当時)との太いパイプが物をいった。“葛西敬之名誉会長と安倍首相の共同プロジェクト”といわれたリニア中央新幹線は、大きな岐路にさしかかったといえよう。
JR東海は6月8日、東京都内や川崎市、名古屋市などで深さ40メートル超の大深度地を掘り進めるリニア中央新幹線のシールドトンネル工事について、北品川工区の周辺住民を対象に説明会を開いた。
昨年10月、東日本高速道路(NEXCO東日本)が施工した東京外郭環状道路(外環道)の調布市の地下トンネル工事で、同じ工法で掘削中に真上の道路が陥没したのを受け、事故防止の取り組みを説明したものだ。
調布の陥没は「特殊な地盤」や施工ミスが原因と強調。JR東海が追加の調査を求める住民側の声に応えることはなかった。実際に掘るまでは、地上への影響を見通せないのがトンネル工事の宿命だ。まして、実際に大規模な陥没が起きたのだから住民に不安が募るのは自然の成り行きだ。
静岡工区の南アルプストンネル工事にも通底するのだが、「着工ありき」の姿勢だけでは地元の不安や不信は払拭できない。川勝知事の4選を機にJR東海は対話を基本とした信頼関係の構築が求められている。“葛西時代”の上から目線のJR東海の悪しき伝統は、もはや通用しないことに気付かない限り、リニア中央新幹線の開通への道筋は見えてこない。
川勝知事は6月22日の記者会見で、リニア中央新幹線の静岡工区のルート変更をJR東海に正式に要請する意向を表明した。要請の時期は国の有識者会議の「工事の環境への影響調査」の報告などを見て判断する、とした。
静岡工区は大井川の地下を通すトンネル工事で県が認可せず未着工になっている。「ルート変更を含む工事の見直し」は川勝氏の持論だが、静岡県として事業主体のJR東海に要請したことはなかった。
今回の知事選で対抗馬だった自民党推薦候補が「ルート変更、工事中止を含め、状況を踏まえて対応したい」と討論会で主張したことから、「自民党と意思疎通し、JR東海にルート変更を申し入れたい」(川勝知事)と正式に表明したわけだ。知事選で完敗した自民党の対応が注目される。川勝知事と歩調を合わせることができるのだろうか。
自民党県連の塩谷立会長(衆院静岡8区)は知事選の結果が判明した6月20日夜、記者団に「お互いに無視するような状況が続いてきた。県のため、県民のため、知事と話し合う機会が必要だ」と述べ、県政全般の課題で意見を交換する必要性があるとの姿勢を示している。
(文=編集部)
【追記】
JR東海は6月23日、名古屋市内のホテルで定時株主総会を開いた。株主からリニア中央新幹線についての質問が相次いだ。宇野護副社長は静岡工区について「ルート変更はあり得ないと考えている」と答えた。
宇野氏は「技術的な条件などを踏まえ今のルートを決めている。既に地権者からの土地の買収も進んでいる」と説明。「ルートの見直しは振り出しに戻ることになる」とした。