5月25日、米ミネソタ州で黒人男性が白人警官に首を押さえつけられて死亡した事件から1年が経った。白人警官には殺人罪の有罪評決が下ったが、米国では今も人種差別と警察の暴力をめぐる戦いが続いている。
ジョー・バイデン大統領は6月1日、白人暴徒による黒人虐殺が100年前に起きたオクラホマ州タルサを訪れ、300人ともいわれる犠牲者を追悼した。現職の大統領がタルサに訪れたのは初めてである。バイデン大統領は「これは暴動ではなく、史上最悪の大虐殺の一つだ」とした上で、人種間の経済格差の是正に取り組むとともに、人種差別に基づく暴力への対策強化を約束した。
警察官による暴力行為は黒人が多く居住する地域で頻繁に起きている。ラトガーズ大学等の研究によれば、黒人男性は1000人に1人の割合で警察官に殺害されている。一方、権利擁護団体が行った分析によれば、2013年から2019年の間で殺害行為を行った警察官の99%が起訴すらされなかったという(6月1日付クーリエ・ジャポン)。
このような状況を改めるためにバイデン政権が強く後押ししているのは「ジョージ・フロイド警察活動の正義法案」である。首締めなどの危険な拘束術を制限するほか、差別的な取り締まりや違法行為が疑われる警察官を刑事裁判にかけやすくし、警察官の実力行使に対して広く認められてきた民事面の免責範囲を狭めるといった野心的な内容である。この法案は事件直後に民主党が議会に提出し、今年3月に下院で可決されたものの、共和党と勢力が拮抗する上院では審議が難航している。支持者に警察官が多い共和党は「警察による治安維持力が弱められる」と危惧している。
米NPOによれば、昨年までの10年間に米国の警察官の515人が銃撃を受け殉職しており(5月27日付東京新聞)、「この法案は我々の仕事を困難にする」と考えている警察官は少なくない。逮捕時などに抵抗する容疑者は珍しくなく、「常に相手が銃を持っているかもしれない」と教えられている警察官は、この法案が成立すれば、いざという時に力の行使をためらう可能性があるからである。
連邦レベルでの警察改革が難航する一方、警察を管轄する各州や自治体は相次いで改革に乗り出している。メリーランド州は今年4月、警察官にカメラの装着を義務付け、家主に無断で家宅捜索を行うことを制限する法律を成立させた。
米国の警察のあり方が問われるなかで、現場からは「良い警察官も悪い警察官も一緒くたにされている」と反発する声が聞こえてくる(6月1日付AFP)。多くの米国人、とりわけ白人が抱いてきた警察に対する崇高なイメージが傷つき、離職する警察官が後を絶たない。米国で最大の人員を擁するニューヨーク市警では、定年退職者を除く2019年の離職者が約1500人だったのに対し、昨年は約2600人に上った。各地の警察署はミネソタ州の事件後、人事採用に苦労している。
警察改革をめぐり米国社会が分断されていることで生じているのは、皮肉なことに凶悪犯罪の急増である。昨年の米国全体の殺人事件数は2019年に比べて約25%増加した。2万人以上の米国人が殺害されたのは1995年以来である。ニューヨーク市では昨年の殺人事件が43%増加し、「犯罪多発に苦しんだ1980年代後半に戻った気持ちになる」との声が聞かれる(5月26日付日本経済新聞)。昨年の犯罪増加は、主に白人が暮らす地方都市から多民族が入り交じる大都市に至るまであらゆる場所に及んでおり、大半の都市で今年はすでに昨年よりも治安状況が悪化している。