いち早く損切りに動いた米金融大手と逃げ遅れた野村の明暗が、はっきりと分かれた格好だ。
野村HDの21年3月期の連結決算発表に投資家は驚かされた。年間配当を15円増やし35円に大幅増配したからである。米投資会社アルケゴス・キャピタル・マネジメントへの融資を回収できず、3100億円(21年3月期計上分は2457億円)の損失を被ることが明らかになったにもかかわらず、配当を増やすことにしたのだ。
「米顧客取引に起因する損失が仮になかったとすれば、どのような利益水準にあったかを踏まえて(配当政策を)判断した」(野村HDの北村巧執行役)と主張。もし今回の損失がなければ、税引き前利益は4764億円だった計算になるとした。
巨額損失を出しても野村が強気なのは、業績の裏付けがあるため。21年3月期の連結決算(米国基準)は、売上高に当たる営業収益(金融費用控除後)は前期比8.9%増の1兆4018億円、アルケゴス関連の2457億円の損失を計上したにもかかわらず当期純利益は1531億円となった。前期比29.4%減の落ち込みにとどまった。
5月12日に開いた投資家向け戦略説明会で奥田健太郎グループCEOは「損失を出して投資家にご迷惑をお掛けした」と釈明しなかった。「今取り組んでいるガバナンスやリスク管理の強化策が足りていなかった」のが根本的な原因だ、とした。奥田CEOが強気で押し通すのは、これから強化しようとする「パブリックからプライベート」への戦略転換の根幹にかかわるからである。
「プライベート」戦略には2つの意味がある。1つは上場株式に代わる資産の活用。非上場株式などの強化が代表例だ。もう1つが欧米などで主に富裕層向けに展開されている「ファミリーオフィス」と呼ばれるビジネスモデルだ。中核となるのが2020年6月に立ち上げたCIOサービス(高付加価値アドバイザリー・モデル)である。機関投資家向けに提供してきた助言機能を、顧客のリスク許容度に応じつつ富裕層の個人にまで広げる。社内でのトライアルを経て2022年度から本格導入する。併せて手数料体系を複線化し、「残高連動報酬」を導入する予定だ。
アルケゴスの問題は、野村が成長戦略に据えようとしていた「プライベート」の領域で発生したスキャンダルである。富裕層が資産運用を行うファミリーオフィスは規制が緩かったが、今回のアルケゴスの巨額損失で、金融当局は資本市場を揺るがす可能性がある大きなリスクを内包していることを認識したはずだ。
野村HDが構想するプライベート領域での新たなビジネスモデルについても、金融庁が厳格なリスク管理を求めてくる可能性が出てきた。
(文=編集部)