人々のノスタルジーを刺激する「レトロ」なカルチャーは、今やブームを超えた定番ジャンルとなっている。レコードやラジカセといったアナロググッズは専門店が続々とオープンしており、「渋谷横丁」など昭和の雰囲気を再現した飲食店も増えている。
その客層を見ると、かつてを懐かしむオジサン世代が中心……と思いきや、実は、その時代を実際に見聞きしていない若者世代も多いという。彼らは、なぜ経験すらしていない時代の風景に惹かれるのか。
駅員が切符を一枚一枚手に取り、手際良くハサミを入れていく「有人改札」、“ワンレン・ボディコン”の女性で賑わう金曜夜の六本木の風景……今となっては完全に失われた光景だが、このような「バブル期の懐かし動画」を大量にアップしているYouTubeチャンネル「Lyle Hiroshi Saxon」が人気を集めている。
動画のほとんどは1990年から92年にかけて撮影されたもので、編集もナレーションもなく、ただ街の風景が淡々と映し出されていく。不思議なことに、このYouTubeチャンネルのファンは平成生まれの若者たちが多く、熱心に視聴しては「エモい」と郷愁に浸っているという。
動画の制作者であるライル・ヒロシ・サクソン氏はアメリカ生まれ、日本在住の写真家・ビデオグラファー。幼少期から機械好きで、SONYやTOSHIBAなどの電化製品を通じて、日本への憧れを強くしたという。
84年に来日を果たすと、美しい日本の景観に魅了されてあちこちを歩き回り、90年頃にビデオカメラを購入してからは、新宿や渋谷などの繁華街から登戸やひばりヶ丘といった住宅街まで、バブル景気に沸く東京近郊の多岐にわたる街並みを動画で記録した。92年までの3年間で撮影した動画は、約350時間にものぼるという。
2007年にYouTubeチャンネルを開設すると、撮りためていたバブル期の街動画を次々に投稿。幅広い視聴者から好評を博し、20年にテレビで取り上げられたことでブレイクすると、チャンネル登録者数が急増した。今では、時代考証の資料として重宝する映画監督や小説家も多いという。
「私は昔から歴史的な建築物や事象には興味がなくて、普段の街の様子や市井の人々のリアルな息づかいを撮るのが好きでした。撮影当時、アメリカの友人や家族に動画を見せましたが、彼らは『芸者が見たい』といったステレオタイプな意見ばかり。ありのままの東京の魅力が伝わらなくて、ガッカリすることが多かったですね」(サクソン氏)
長い間理解者に恵まれなかったサクソン氏の動画だが、前述の通りYouTubeチャンネル開設後はじわじわと人気を集め、現在のチャンネル登録者数は5万9800人にも上る。視聴者の約8割は日本人。中でも熱心に視聴している層が、当時を知らない平成生まれの若者であることに驚いているという。
「彼らは生まれた頃から景気が右肩下がりで、元気のいい日本を知らない。その『馴染みはあるけど、初めて見る光景』が新鮮なんだと思います。特にコロナ禍で先行きの見えない生活を余儀なくされている中、活気と希望にあふれていたバブル時代を追体験したいという若者が増えているのかな……。もちろん、これはあくまで推測で、本当のところは当人たちに聞いてみないとわからないけど」(同)
当時を知る中高年のみならず、なぜ平成生まれの若者がバブル期の動画に惹きつけられているのか。その理由を探るべく声をかけたのが、昭和・平成レトロ好きが集まる社会人サークル「平成生まれが時代を考察する会」の主宰者・あやね氏(1990年生まれ)だ。