富士フイルム、退任の古森会長、燻る「1年で復帰」説…「ゼロックス」を失った代償

 新型コロナ治療薬として期待された政府推奨のアビガンだが、「お友だち重視の『モリカケ』と同じ構図」と揶揄される有様だった。安倍政権がコロナ対策の切り札としたアビガンの承認は、安倍首相退陣後の昨年12月の厚生労働省の専門部会で「有効性を明確に判断することは困難」だとして見送られた。

 富士フイルムHDは4月21日、アビガンの臨床試験(治験)を再開したと発表した。目標とする参加者数は316人。50歳以上で重症化リスクを抱え、症状が出てから72時間以内の人を対象とする。10月ごろには治験を終了する。新型コロナは病状が多様なため治療薬の開発では有効性を証明するデータを集めるのが難しいとされる。武田薬品工業や米CSLベーリングなどが進めていた血液製剤の開発プロジェクトは中止となった。「アビガン」は安倍前首相が表舞台から消えたことによってお役ご免になったという受け止め方もある。

米ゼロックス買収の失敗が最大の痛恨事

 古森氏は経営者として二度の大勝負に挑んだが、いずれも失敗した。16年に東芝メディカルシステムズの買収でキャノンと競り合った。新たな成長の柱として医療機器を位置付ける古森氏は買収に執念を燃やしたが、キヤノンが6655億円で手に入れた。それでも、医療機器をあきらめなかった。19年末、日立製作所から画像診断機器事業を1790億円で買収。コンピュータ断層撮影装置(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)などの事業を獲得した。

 米ゼロックスの買収に失敗したことが古森氏の事業家人生の痛恨事となった。退任会見で「やりたかったことのひとつ」と述べた。世界で初めて複写機を開発に成功したゼロックスとは、1962年に共同出資会社を設立。半世紀あまり協業してきた。富士ゼロックスは日本と海外企業の合弁事業の成功例とされてきた。販売地域は富士ゼロックスが日本を含むアジア太平洋、米ゼロックスが欧米と分担してきた。2018年の複合機世界シェアは両社合計で17%と世界四強の一角を占めた。

 富士フイルムは18年1月、米ゼロックスの買収を発表し一体運営による収益向上を狙った。だが、「物言う株主」として知られるカール・アイカーン氏らがこれに反対。アイカーン氏が推薦する経営陣を受け入れた米ゼロックスは富士フイルムとの売買契約を破棄した。富士フイルムは損害賠償を求める訴訟を起こし、買収交渉は2年近く膠着状態に陥った。

 富士フイルムは、富士ゼロックス(持ち株比率75%)を使って、米ゼロックスを「現金支出ゼロ」で買収しようとしたが、これにカール・アイカーン氏らがかみついたのだ。古森氏が買収発表の記者会見で「ゼロ円買収」を打ち出したのが、そもそも失敗だった。「買収するなら自腹を切れ」というわけだ。

 19年11月、富士フイルムHDは、米ゼロックスとの合弁会社、富士ゼロックスの米ゼロックスの持ち分(25%)を2500億円で買い取った。これで富士フイルムの100%子会社となった。57年間に及ぶ合弁事業は解消した。市場が成熟しているとはいえ、事務機部門は富士フイルムの営業利益の4割を稼ぐドル箱である。

 ゼロックスブランドの使用契約は21年3月末で終了した。4月からゼロックスブランドは使えなくなり、社名を富士フイルムビジネスイノベーション(BI)に変更した。永年親しまれてきたブランドを失うことが致命傷になることを古森氏が知らないわけがない。

 米ゼロックスの買収失敗の代償は小さくなかった。新中計の最終年度の24年3月期の連結売上高(2.7兆円)は08年3月期の2.8兆円に及ばない。米ゼロックスとの資本関係の解消に伴い、ゼロックスブランドは使えなくなる。BIの社長には真茅久則取締役(62)が昇格。二代続けて富士フイルム出身者がトップを務める。富士フイルムHDの次期社長と二人三脚でBIの事業転換を主導する。