現在、ドイツなどの欧州各国はグリーン水素の活用をより重視している。その背景には、欧州各国の政府や企業が注力してきた再生可能エネルギーの利用を推進し、国際世論における欧州の影響力を強めたいとの目論見があるだろう。ただし、グリーン水素の生産は気象状況などに左右される。米国のように想定外の寒波などが発生した場合の電力需要に対応するためには、水素製造源の分散が必要だ。
岩谷産業は、グリーンとブルー、両方の水素を視野に原料、製造、輸送、利用を支えるサプライチェーンの確立に取り組んでいる。グリーン水素に関して、岩谷産業は“福島水素エネルギー研究フィールド”の運営に携わっている。福島水素エネルギー研究フィールドではトヨタ自動車が水素利用の実証事業に意欲を示すなど、震災からの復興と水素社会の実現の両面で注目を集めるだろう。岩谷産業は、オーストラリアの電力会社や鉄鉱石企業、およびわが国の川崎重工と協力して、再生可能エネルギー由来の水素製造、水素の液化および輸送事業の確立を目指している。
また、ブルー水素の分野で岩谷産業は内外の企業と連携してオーストラリアで褐炭を用いて水素を製造し、多国間の水素サプライチェーン構築を目指す実証試験を行う。現在、日豪政府は、米国およびインドとの連携(日米豪印のクアッド体制)を強化して自由で開かれたインド太平洋地域の実現を目指している。その状況下、岩谷産業と豪州企業などとの連携強化は、インド太平洋地域における水素社会への取り組みを加速させる要因の一つになり得る。
このように考えると、世界各国が水素社会の実現を目指す中で岩谷産業は相対的に良好な競争ポジションを手に入れているといえるだろう。同社に期待したいことは、さらなる競争力の発揮を目指すことだ。そのためには、自社内での研究・開発の強化が欠かせない。それに加えて、国内外の企業などとのアライアンスを推進して、水素社会を支える技術を生み出すことの重要性も一段と増す。そうした取り組みが、水素社会を支えるインフラ企業としての岩谷産業の競争力発揮を支えるだろう。
例えば、米国では化石燃料を用いた水素製造技術の開発に取り組むスタートアップ企業がある。それに加えて、廃棄物を原料に水素を製造する技術の確立に取り組む企業もある。米国の自動車産業ではエンジン専業メーカーがFCVへの研究開発に取り組み始めた。そうした変化をもたらした要因の一つとして、岩谷産業がトヨタ自動車などと協力してFCV利用のインフラを整備したことは大きいだろう。岩谷産業が水素関連分野での影響力を高めるためには、自社の技術やノウハウと新しい発想の結合を増やすことが欠かせない。
岩谷産業は国内外で異業種との連携や合弁事業に取り組んでおり、その重要性をしっかりと認識している。それが、同社の成長期待を支えている。2020年9月頃から同社の株価は上昇傾向が鮮明化した。世界が水素社会の実現を目指す中で、岩谷産業の存在感が一段と高まる展開を想定する投資家は多いようだ。
今後、岩谷産業には、水素分野の世界的なリーディング・カンパニーとしての立場を目指してもらいたい。そのために、グリーンとブルー水素の製造コストの引き下げや、持続的な水素利用を支える技術とシステム開発の重要性は高まる。岩谷産業が内外の企業と連携して水素の製造や消費を支えるより良い技術を確立することは、各国が水素社会を目指す中でわが国の発言力向上を支える要因の一つにもなるだろう。それくらいの大胆な発想を持って、同社経営陣が水素に関する事業戦略を立案・実行する展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。