「それを解説するには、現在の半導体ビジネスの潮流を把握する必要があります。『ファブレス経営』という言葉をご存知でしょうか。これは1980年代にアメリカで誕生した経営方式で、製造のための工場(ファブ)を自社で持たない企業のことをいい、デジタル製品を扱うアップルや半導体の設計などを主とするAMDといった企業がこれに当たります。
半導体ビジネスの世界は新たな半導体が生まれるサイクルが非常に早いので、そのたびに設備投資を余儀なくされる工場の運営は、非常にコストがかかるのです。そのため、製造に特化した『ファウンドリ』と呼ばれる企業、具体的には台湾のTSMCといった会社に製造を委託することで、コストを下げているのです。こうしたファブレス経営とファウンドリ経営の連携が、業界では今主流となっているわけです。
そうした潮流があるなかで、アップルが2006年から長らく提携していたのは、IDMと呼ばれる、設計・製造・販売をすべて垂直統合で行う経営スタイルを取っているインテルです。最盛時には一大勢力を誇っていたインテルですが、昨今は先に述べたCPUなどのロジック半導体の開発サイクルなどの面で、TSMCに先端半導体を生産委託しているAMDなどの企業に技術的に大きな差をつけられてしまっている状況です。
具体的に言うと、インテルが製造する最先端CPUはほとんどが10ナノで、回路の一部の線幅のみが7ナノになっています。本格的な7ナノ製品の出荷は、2022年後半から2023年前半となる見込みで、それくらい遅れているんです」(今中氏)
となると、アップルは歯がゆい思いを抱いていた、ということか。
「その通りです。だからこそ、今回アップルはインテルと決別し、自社でチップの設計を行い、製造をTSMCに任せる大きな決断をしたのでしょう。これにより高性能のチップを低価格で提供できるようになったわけですね」(今中氏)
ここまで聞くと、今回の新型Mac Book Airは買って損なし、Windowsユーザーにもおすすめの商品に思えるが――。
「実は、これまでのPCの世界には『OSの壁』がありました。Windowsに慣れた人がMacを買うことは、使い勝手が違っていたため、少なかったのです。また、デザイナーなどのクリエイティブ系にはMac OS、一般業務にはWindowsといった具合に、すでに市場が分かれていました。しかし、これからはそうとも言い切れません。M1チップのような高性能チップを搭載してコストパフォーマンスが高いPCになると、PCユーザーにとってOSの壁は低くなるかもしれません。
実際に、2020年の10から12月期のMacPC出荷台数は前年比49%増でした。アップルによれば、10から12月期のMac購入者の半分が新規顧客だそうです。M1チップ搭載Macの購入者は従来ならば古いMacの買い替えがメインになっていたと思いますが、今後は新規客が増える可能性がありますね」(今中氏)
最後に今中氏が考える今後のPC業界の展望について聞いた。
「最大の焦点はインテルの将来がどうなるか、という部分でしょう。現状インテルは“基本的にはIDMのスタイルは崩さない”という主旨の発言をしています。これはつまり“7ナノ、5ナノのチップ開発に乗り遅れないぞ!”という宣言でもあるわけですが、これが失敗すれば、インテルを抑えてAMDなどの半導体製造のファブレス企業がチップ開発の王座に就くこともありえるでしょう。
そうなるとAMD製のチップはインテル製チップと互換性があるので、これまでインテル製チップとWindows OSを使っていたパソコンメーカーが今まで以上にAMD製のCPUを使うようになり、将来的に7ナノや5ナノの高性能チップを搭載した安価なWindows PCが一般にも普及する時代が来るかもしれませんね。もっとも、2022年にTSMCがインテル向けに3ナノCPUを生産するという報道もあります。はっきりとした道筋はなかなか描きづらい状況です」(今中氏)
アップル新製品からインテルの明るくない現状が読み解けるというわけか。PC業界の変革の潮目に今後も注視していく必要があるだろう。
(文=A4studio)