藤井聡太「勝率予想1%」から奇跡の逆転、なぜ起きた?前人未踏の「10代で九段」に期待

渡辺名人のどの手で逆転できると思いましたか?」と尋ねると「7四玉と出た局面でよくなったのかな」と答えた。だが「そうですね、うーん」「そうですね、うーん」を繰り返し、答えに窮する様子だった。そもそも三浦との激戦を終えた直後に、準決勝や1年も前の将棋のことを尋ねたのが間違いだった。藤井はいつも冷静だが、決勝の勝利に内心は興奮していたかもしれない。まだ高校生でもある。

 一方、勝っても負けても朗々としたバリトンの美声で雄弁に語ってくれる渡辺は、「優勢になった後に決め手がつかず、間違えてしまった」などと話したが、この日は言葉少な。どう指しても勝ちそうだが、これといった決め手がないような局面は逆に怖い(名人なら百も承知だろうが)。

 渡辺は一昨年、この棋戦の決勝で藤井に敗れていたが、なんといっても昨年夏、大阪で棋聖のタイトルを奪われ、藤井の初タイトルフィーバーの引き立て役になってしまった悔しさがある。今回、渡辺が終盤、藤井玉の詰み筋を見落として勝機を逃したようだが、「あそこまで優勢になって、負けるとは」といった恐怖感を覚えた表情にも見えた。

 決勝で初優勝を目指した三浦は「相手が藤井さんなら仕方がない」と白旗を挙げながらも「でも、ここまでくれば勝ちたかった」と悔しさを素直に表していた。

「棋力ゼロ」の筆者はどうしてもAIの勝ち予想数値に頼ってしまうが、「当てにならない」をこれほど痛感したことはなかった。

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初優勝を逃した三浦弘行九段

十代は初、最年少九段の期待も

 さて、これより2日前の2月9日、東京・千駄ヶ谷の将棋会館で名人戦の順位戦B2組のリーグ戦で、藤井は9戦目で窪田義行七段(48)と対局した。終盤、窪田陣営は金銀などベタ打ちの守り駒で自分の玉が逃げられなくなり、なんだか素人将棋のような盤面に見えた。午後10時頃、藤井の厳しい攻めに、持ち時間を1時間近く残していた窪田が投了した。

 これで藤井聡太は9戦全勝。いわゆる「一期抜け」で4月の来期からB1組に昇級することが決まった。B2に在籍している師匠の杉本昌隆八段や谷川浩司九段(永世名人資格者)も抜いてしまったのだ。

 藤井は現在八段。来期にも渡辺明の持つ21歳7カ月の「最年少九段」の記録を大きく破る初の「10代九段」も期待される。九段昇段の条件は(1)名人位1期、(2)竜王位2期、(3)タイトル3期、(4)八段昇段後公式戦250勝のいずれかが条件。藤井の場合、来季にも可能性があるのはタイトル3期による昇段だ。現在、二冠の藤井は無冠の師匠より昇段競争も優位に立っているといえる。杉本八段には申し訳ないが楽しみは尽きない。

(写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト)

●粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。『サハリンに残されて-領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像-阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故-福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの-哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍-国家的不作為のツケ』『「この人。痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。