このような、LCCビジネスモデルのイベントリスクへの相対的な強さは、前にも述べた事業構造の単純さ/簡素さと、それと表裏一体にある生産性(人的効率)の高さに大いに関係している。生産性の高さを具体的にいうと、例えば総旅客数に対する社員数の比は、ピーチはANAHDの3分の1以下と小さく、人的効率が高い。したがって、需要に応じて路線の新設、切り換えなどを機敏かつ柔軟に行うことができるわけである。
大手航空の子会社LCCの場合は、独立系のLCCとはいろいろな面で異なった企業運営となる。そこには、メリットも多い。まず、親会社のリソース(機材整備など)やノウハウを活用できる点である。そして何より重要なことは、親会社の顧客層の一部を旅客需要に取り込める点である。
例えば、JALの子会社LCCジップエアは、北米線や欧州線という長距離国際線に就航する予定であるが、このようなLCCによる長距離国際線(ロングホール・ローコストと呼ばれる)は世界的にもまだまだ未開拓の分野で、成功例はそれほど多くはない。大いなる挑戦であり課題である。少なくとも最初は、JALという親のすねをかじってこそ、成功の可能性が高まってくる。一方で、親会社との調整や忖度が必要となり、完全なフリーハンドで企業運営できるわけではない点は、子会社LCCの持つ限界でありデメリットである。
大手航空会社、すなわち親会社の側から見た場合にも、LCC活用での課題は多い。第一に、本体とLCCとの路線の棲み分けである。同じ路線や似かよった路線では、必ず旅客のカニバリゼーション(共食い)が発生する。特に、グループ内に2つのLCCを抱えることになるANAHDの場合には、本体とLCCとの棲み分けに加え、アジア路線では2つのLCC間の路線の棲み分けも必要となる。この点についてANAHDは、日本発の需要も強く総需要の大きい路線はワイドボディ機の新LCCに任せ、ナローボディ機のピーチと棲み分けてカニバリゼーションを避けるとしているが、課題であることには間違いない。
もうひとつの課題は、本体とLCCとの間の運営とブランドの分離と差別化である。ブランド面では、運賃とサービスレベルを適正に設定して、本体とLCCのそれぞれの顧客層に納得感を与えなければならない。かつて米国の大手航空会社は、ユナイテッド航空の「Ted」やデルタ航空の「ソング」のように、こぞって子会社LCCを立ち上げてサウスウェストに対抗しようとしたのだが、運営とブランドの境界があいまいであったこともあり、結局のところことごとく頓挫し子会社LCC消滅に至っている。
このように課題は少なくないのだが、利用者目線に立てば、フルサービスの大手航空に加え国内線と国際線で日系LCCの選択肢が増えることは、大いに歓迎すべきことである。ANAとJALの今後のLCC活用が奏功し、日本でのLCC利用と、ひいては航空需要全体の回復と拡大につながることを期待したい。
(文=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、桜美林大学航空・マネジメント学群客員教授)