しかし、ワクチンが開発される、あるいはさまざまな感染症対策が早急に講じられるようになったとしても、コロナ前の水準にまでインバウンドが戻るにはおそらく2~3年はかかるのではないかと思われる。
また、マイクロツーリズムと称して、国内客による近場の旅行を促進しようという動きもある。たしかに19年における延べ宿泊者数5億9592万人泊のうち、国内客は4億8027万人泊。国内旅行客の需要をもっと喚起することができれば盛り返せるというわけでGo To キャンペーンが行われている。
だが、コロナ禍がやっかいなのが、インバウンドに期待できないから国内客で代替しようにも、今の状態では一部の高級ホテルや旅館に富裕層の需要は集まっても、景気の悪化により、勤労者のボーナスや給与の減少、リストラなどが出始めるではなか、おそらく根本的な需要の回復は望み薄だろう。
宿泊業界はしばらく我慢の時間を過ごすことになりそうだ。ただ、この業界は財務状況が脆弱な企業が多いので、この間において施設の淘汰がかなり行われるのではないかと予想している。特に18年から20年にかけて都内や京都、大阪では多数の新築ホテルが立ち上がった。これらのホテルは土地代が高く、東京五輪を控えて建築費もうなぎ上りの状況下に建設されたものが多い。営業計画もインバウンド需要を過大に当て込んだものが多かったため、需要が消滅し、借入金が過多な施設では今後経営が持たなくなるところが増えると予測している。
淘汰される対象はホテルや旅館だけではない。ホステルの看板で急成長した簡易宿所や、18年に新法が制定され、設置数を伸ばしてきた民泊のような小資本の施設にとっては2~3年という我慢の時間は死亡宣告をされたに等しい。
そうした意味では今回のコロナ禍は、インバウンドの急増や東京五輪の需要を当て込んで雨後の筍のように続々と新築ホテルを建設してきた宿泊業界に冷や水を浴びせる結果となりそうだ。しかし考え方を変えてみれば、今回の騒動で一部「無理筋」で進出してきた業者が退場し、業界として再出発するには良い機会になったともいえるのではないでだろうか。
ポスト・コロナにおいて宿泊業界が再出発をする際に、むしろ気を付けたいポイントは宿泊需要の変化だ。コロナ禍において、多くの企業で出張を問い直す動きが顕在化していることだ。
オンライン上での会議を行うことを余儀なくされた多くの企業では、逆に社内会議程度であれば、十分できるという認識を持つに至った。たとえば本社と支社、あるいは子会社間の会議ではこれまで互いが出張をして顔を合わせてきたのがZoomで済ませるようになると、出張そのものが削減される。これはビジネスホテルにとっては相当の痛手になりそうだ。ただでさえ、今後の日本は人口減少の影響でビジネスに携わる人の人口が減少することが予想されていることから、今後多くのビジネスホテルで経営に苦しむところがでてきそうだ。
シティホテルは宿泊客に加えて宴会客が消滅し、婚礼の延期やキャンセルが陸続して阿鼻叫喚状態だ。もともと人員を多く抱えるシティホテルにとって、コロナ禍による移動の自粛や宴会の消滅が長引くようになれば、財務体質の弱い地方の老舗ホテルなどが経営危機に陥る可能性が大きい。だが、大手のホテルは本業とは別にオフィスビルなどを併設しているところも多く、コロナ禍が収まるまでの冬ごもりはできそうだ。
またリゾートホテルなどは、一時閉鎖していたところも7月以降順次オープンし始めている。高級リゾートなどでは、かなり予約が取れているホテルが多いと聞く。海外旅行に行けなくなった富裕層が、予約しているもので、都会の「密」を離れてリゾートでのんびりしようという需要が一部顕在化しているようだ。
おそらくこの2、3年は冬の時代が続くかもしれないが、この期間淘汰される宿泊施設のうち、優良な資産を仕込むチャンスでもある。すでに一部のキャッシュリッチな企業や投資家は、倒れそうなホテルや旅館の不動産や運営会社そのものを狙い始めている。屍はきれいにお掃除され、再びお化粧直しされて数年後に登場する。世界は続くのだ。どこまでも。
(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)
●牧野知弘(まきの・ともひろ)
オラガ総研代表取締役。金融・経営コンサルティング、不動産運用から証券化まで、幅広いキャリアを持つ。 また、三井ガーデンホテルにおいてホテルの企画・運営にも関わり、経営改善、リノベーション事業、コスト削減等を実践。ホテル事業を不動産運用の一環と位置付け、「不動産の中で最も運用の難しい事業のひとつ」であるホテル事業を、その根本から見直し、複眼的視点でクライアントの悩みに応える。