マンガ『腸よ鼻よ』に医師も感涙…「潰瘍性大腸炎」患者の想像絶する苦しさを描いた傑作

最初にかかった医者のあまりの“ひどさ”に愕然

 そんななか、潰瘍性大腸炎を題材にした、とんでもないマンガがあることを知りました。島袋全優先生の『腸よ鼻よ』(KADOKAWA)です。

 著者である全優先生は、まさに本稿でとりあげている疾患、潰瘍性大腸炎に罹患されており、この『腸よ鼻よ』は、ご自身のマンガ家としてのキャリアと並行しての療養生活を描いたコミックエッセイです。そのたぐいまれなるギャグセンスと絶妙なバランス感覚のお陰で、深刻にならずに読める作りになっていますが、実のところ、病気の経過としては結構シャレにならない事態が描かれています。

 まず、のっけからいきなり、最初にかかった医者がやばいです。頻度がまれな病気の場合、なかなか最初の症状や検査だけでは診断に行き着くのが難しいことも多く、後付けであの時ああするべきだった、こうするべきだったと非難することは望ましくないのですが、それにしても、患者さんへのこの態度・振る舞いは……。正直、読んでいて、同じ医療者として作者に「申し訳ない…」と謝りたくなってしまいました。

 幸いにして、その後セカンドオピニオンを経て主治医となったS先生(見た目は「メタルギア・ソリッド」シリーズのスネークそのままの、セリフが大塚明夫氏の声で聴こえてきそうなドクター)、ペアで登場する研修医の山田先生、そしてその後登場する外科のZ先生が非常にしっかりした先生方で、その後の治療については、治療選択のみならず、患者である作者の生活や仕事(マンガ執筆)にもよく理解を示してくれていることがうかがわれます。

家族、そして医者とのコミュニケーションに思わず涙

 しかし、適切で最善な治療が行われていてもなお、悪化時には腹痛、下痢、血便と辛い症状が続いてしまうのが潰瘍性大腸炎の難しいところです。マンガ家としてデビュー、単行本発売と大きなステップを踏んでいく一方で、ストレスや締め切りの負荷によって入院・絶食点滴を繰り返す作者の様子は壮絶で、その深刻さを読者に直接ぶつけることなく、さらっと読める形にまとめてみせるその胆力と筆力には脱帽です。

 各話の合間に挟まれる入院グッズや、腸に負担をかけない食事レシピなども、あっさりと(時にはギャグ調で)描写されていますが、医療者としては、それらを必要とするようになってしまった背景、その日常の大変さを想像するにつけ、本当に作者の健康を祈らずにはいられません。本作はWeb連載されていますが、作者病気に伴う休載も少なからず起きており、作中で描かれている症状が冗談で済まないことが、そうした作品外の情報からも思い知らされてしまいます。

 合間合間に挟まれるご家族との会話に際しても、作者ご本人とご家族との関係の良さが伝わってくるとともに、愛情だけでなく、ご家族が抱かれている心配・不安も余すことなく描写されております。医療者の立場では、患者さんとお会いするのはあくまでも病院、診察室や病室であり、その実際の生活については間接的に知るほかない(患者さんのプライベートに関わることでもあり、相当デリケートな部分になります)ところであり、自宅での生活やそのなかでの思いを赤裸々に開示してくれることは、医療者も単に病気を治すというだけでなく、患者さんの生活をより良くするためにはどうしたらよいかということを考える上で、大いに考えさせられるところがあります。

 作中では、医療監修の先生に(医療的な意味で)正確さを求められて突っ込まれたと書かれていますが、医療者にとって、患者さんの生活という、何よりも大事な部分が余すことなく描かれている本作は、間違いなく名作です。手術に臨む前のS先生との対話で、『ワンピース』(尾田栄一郎著、集英社)の某有名シーンのパロディシーン(第48指腸『まだ返せない…』)は、ギャグなのか感動なのか、ちょっと読んでいて感情がバグった感じの涙が出てきました。