格付け会社フィッチが8月下旬に「先進国の失業率はこれから5年間高止まりする」と予測したように、今後懸念されるのは「大失業時代」の到来である。『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(岩波書店)の著者であるナオミ・クライン氏は、「スクリーン・ニューディール」の到来に警鐘を鳴らしている(8月13日付クーリエ・ジャポン)。「米大手IT企業が新型コロナ危機に乗じて、リモート学習やオンライン診療などの非接触型テクノロジーを拡充し、人間をマシンに置き換える構想を加速させている」という指摘である。
世界の指導者たちも危機感を強めている。トランプ米大統領は8月17日、「自身が大統領選で再選された場合、米国に雇用を戻す企業には税額控除を与え、そうしない企業には関税を課す」と述べ、国内で最大1000万人分の雇用を創出することを強調した。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長も8月27日、「物価から雇用へ」と金融政策の主軸を大転換するという新戦略を公表した。
中国では新型コロナウイルス感染のピーク時に最大8000万人が失業したことを受けて、政府は輸出製造業の中心地(広東省など)で「労働者シェアリング」を進めようとしている(8月27日付ロイター)が、労働者シェアリングは中国だけの現象ではない。一部の世界的企業も余剰化した人員の再配置に動いている。
1980年代以降、小さな政府と市場の自由などを強調して世界を席巻してきた新自由主義だが、コロナ禍がもたらす大失業時代にはたして対応できるのだろうか。リーマンショック後、雇用創出のための投資促進策として世界の中央銀行は金融を大幅に緩和した。これにより世界の民間セクターの債務は前例のない規模にまで拡大したが、その割には必要な需要は創出されていない。その理由は、大量の資金が株式や不動産投資などに流れてしまったからであり、金融面で支援しても、雇用創出の効果は限られているのが現状である。
市場経済の欠陥は、利潤率が低く成果を得るのに時間のかかる投資を避けるところにある。民間企業のIT投資は活発化しても、社会にとって必要なインフラ投資などになかなかカネが回らない。『ゆたかな社会』の著者であるジョン・ケネス・ガルブレイスは60年前に「私的な投資・消費に比べて、社会的公共財への投資が過小となりがちである。その社会的バランスを補正すべき点にこそ、政府の役割がある」と指摘していた。
7年8カ月続いた安倍政権の下で400万人以上の雇用が創出されたとされているが、暗い影が忍び寄っている。グーグルやアマゾンなどコロナ禍で勝ち組となっているIT産業の競争力が弱い日本経済は、平時であれば競争力が強い自動車産業ですら「負け組」に転落するリスクが生じており(8月17日付ロイター)、今後は失業対策に加え、国内での雇用創出策を講じることが喫緊の課題となっている。
コロナ禍で中国に生産力が集中するリスクを露呈したことから、生産拠点の中国一極集中を回避するため、経済産業省は今年度の補正予算で2200億円を確保した。しかし国家として将来の日本経済の方向性を示さないまま国内回帰の予算をつけたところで、サプライチェーン再構築を通じた雇用の拡大は難しいだろう。
米IT大手企業のアップルの時価総額は8月19日、米企業で初めて2兆ドルを超えたが、『企業家としての国家 イノベーション力で官は民に劣るという神話』(薬事日報社)の著者であるマリアナ・マッツカート氏は、次のように指摘している。