「アップルが力を集中したのは、すでに存在する技術の巧妙な組み合わせと製品デザインに対してである。オリジナルの技術は一つもない。iPhone、iPadといったヒット商品の基幹技術であるインターネット、タッチスクリーン、音声認識(Siri:発話解析・認識インターフェイス)、GPS(人工衛星を利用した全地球測位システム)などすべてに公的機関の投資が関わっている」
マッカート氏は「コロナ危機の今こそ、国家が理念を掲げ、イノベーションを促す公的資金を注ぎ、市場をつくるべきである」と主張する。
欧州では「水道など自然寡占的な事業に新自由主義的な競争はそぐわない」という反省から、すでに「再公営化」の潮流が起きている(8月29日付ニューズウィーク河野真太郎「新自由主義が蝕んだ『社会』の蘇らせ方)。経済学者の宇沢弘文(1928~2014年)は、かつて「社会的共通資本」という概念を提唱した。社会的共通資本は、自然環境を始め、社会的インフラストラクチャー(交通機関、上下水道など)、制度資本(教育、医療、金融など)の3つに分けられ、社会共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理すべきものであるという。
需要が飽和しているのは既存の成熟商品であって、社会的公共財への投資は膨大な額に上っているのだとすれば、今後公的セクターが財政赤字を拡大して民間需要の低迷を肩代わりすることが求められることになるが、その際、「民間需要の低迷で増加した民間貯蓄を財政支出の質と方向を変えることによって有効活用する」という発想の転換(Wise Spending:「賢い支出」の意)が不可欠である。
ケインズは1930年代の大恐慌時に「政府が行うべき重要なことは、現時点で誰もやっていないことをやることである」と主張したが、コロナ禍による経済環境の激変により、「公的セクターのほうが民間セクターよりも効率的だ」という可能性が生じている。
ポスト安倍政権は、社会的共通資本の整備をこれまでとは異なるイノベーティブなかたちで実施するための具体的手順を、ただちに検討すべきではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)