今期決算の最終利益4000億円を公表した伊藤忠と、2円増配を“公約”した三菱商事。どちらの経営陣の決断を株式市場は評価しているかというと、現時点では伊藤忠に軍配が挙がるようだ。
「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド/5月16日号)は特集『最後の旧来型エリート商社』。20年3月期決算の最終利益で伊藤忠商事が三菱商事を抜くことを暗黙の了解をした上での記事だからだろうが、違和感を覚えた。「この記事は伊藤忠の仕掛け」(三菱以外の大手商社の広報部長)といった見方まである。
前提としていた逆転がならなかったのに、サブタイトルは『コロナショックで大打撃! 業界盟主から陥落した三菱商事の迷走』。『岡藤・伊藤忠会長CEOが激白!財閥系商社に勝つ「竹やり」戦略の中身』が記事タイトル。伊藤忠の岡藤会長の独占インタビューがまたすごい。
<今回の話を統合すると、三菱商事に対する事実上の勝利宣言と理解してよろしいでしょうか>
佐藤正忠氏がやっていた「経済界」の煽り方を彷彿させるような見事な質問ぶりである。
<岡藤「そういうことを言い出したらその会社はダメになっていく。トップがそれを言い出したら、その会社は下り坂になる」>
問いに半分「イエス」と答え、半分は逃げた。率直に岡藤会長が三菱商事批判をしたら、大ごとになっていただろう。しかし、この独占インタビューの中見出しは<伊藤忠が三菱を抜けば商社業界は活性化される>である。伊藤忠が利益トップの総合商社になるという前提でつくられた特集だったのだろう。編集者は「抜けなかった」という事実を前に立ちすくみ、時間切れで軌道修正できなかったのではないだろうか。1週間、販売を遅らせて、つくり込めばよかったのだろうが、そうなると5月16日号が出ないことになる。大江健三郎氏の『見る前に跳べ』ほど高尚ではない。えい、やぁで雑誌をつくってしまった。よくわかる。私も編集長時代に似たような経験がある。私は強引に軌道修正して滑り込みセーフだったけれどね。
1989年のプロ野球の日本シリーズで巨人に3タテ(3連勝)を食わせた近鉄バファローズの第3戦に先発して勝利した加藤哲郎投手が「巨人は(パ・リーグ最下位の)ロッテより弱い」と発言。この発言に発奮した巨人の選手たちが、4タテして日本シリーズを制した。3勝3敗になった第7戦、再び加藤投手が先発したが、巨人打線に打ち込まれ、近鉄は4連敗で日本一を逃した。
プロ野球好きの三菱グループのトップが気になることを言っていた。「『週刊ダイヤモンド』の岡藤さんの発言は近鉄の、ヘボなピッチャーと同じや」。厳しい表情で、吐き捨てるように言ったのだ。三菱商事の幹部社員から若手まで、「伊藤忠、何するものぞ」と拳(こぶし)を上げているそうだ。
時計の針を少し戻してみよう。
5月8日、先に2020年3月決算を発表した伊藤忠の連結最終利益は、アナリストが予想していた通りの5013億円。実にきれいに着地した。三井物産、住友商事の決算も低調。丸紅は1975億円の赤字に沈んでいた。最後に残ったのが三菱商事。市場コンセンサスの最終利益は4000億円台というものだった。だが、蓋を開けたら5354億円だった。第4四半期に発生した三菱自動車の株式の減損(342億円)などの減損の累計は、およそ600億円。19年11月に三菱商事が明らかにしていた最終利益の目標は5200億円だったから、減損分を差し引くと4600億円となる。伊藤忠の岡藤会長も勝利を確信していたのではないのか。
ところが三菱商事には隠し玉があった。チリの銅事業で繰延税金資産、767億円を利益として計上してきたのだ。かつてチリ銅事業で巨額の株式の減損し、初めて赤字転落したことは冒頭で述べた通りだ。今回は英国の特別目的会社経由で出資していた株式を、チリの子会社に移すという、チリ銅事業の再編で税効果上の繰延税金資産を計上したのである。垣内社長は「会計上のルールに則り、やるべきことをやった」と述べている。