つまり、普通に生活するうえで発生する損傷や経年劣化などは貸し主が負担するという線引きがあるわけだ。
例えば、先ほど例示した事例で見ていこう。
(1)の「壁にカレンダーを貼ったことでできた、日焼けによる壁紙の色の違い」は、壁にカレンダー等を貼ることを通常は禁じられないので、普通に生活してできたものと判断でき、「貸主負担」となる。借り主が壁紙の張り替え費用を負担する必要はない。
(2)の「壁紙に付着したタバコのヤニの臭いや色」は、程度によるだろう。普通の生活で生じる程度であれば「貸主負担」となるが、ヘビースモーカーで部屋全体にわたってヤニ焼けやヤニ臭さが生じている場合は「借り主負担」になることもある。もちろん、喫煙不可の賃貸で喫煙していた場合は、程度によらず「借り主負担」になる。
(3)の「壁紙にできた黒ずみ」も原因によって変わるだろう。冷蔵庫やテレビの裏側にできる黒ずみ、いわゆる電気焼けは普通の生活で生じるものなので、「貸主負担」となる。しかし、自分が設置したエアコンからの水漏れを放置したことでできたカビによる黒ずみであれば「借り主負担」になるだろう。
このように考えていくと(4)の「カーペットに家具を置いてできたくぼみ」は、通常とは異なる重量のある家具でもなければ「貸主負担」で、(5)の「キャスター付きの家具でできたフローリングのひっかき傷」は、注意して使えば避けられたので「借り主負担」と判断できる。
また、国土交通省のガイドラインでは、借り主の責任で生じた壁紙の黒ずみだったとしても、借り主が負担するのは汚れた周辺の張り替え費用でよいとしている。他の壁面と色や柄が合わないからと、汚れていない部屋全体の壁紙の張り替え費用まで負担する必要はないというわけだ。
そうはいってもこの線引きはなかなか難しいものがある。国土交通省のサイトから、ガイドラインをダウンロードして、きちんと読み込んでおく必要があるだろう。
トラブルを生む要因はほかにもある。
例えば、鍵の交換費用で考えてみよう。鍵を紛失したことなどが理由で交換するのであれば、「借り主負担」、そうでなければ「貸主負担」となるのが一般的な線引きだ。ただし、次の入居者のセキュリティのために、退去後に鍵を交換することがよく行われている。そのために、賃貸借契約で「鍵の交換費用は借り主負担とする」という特約を付けることがある。
ガイドラインも民法も、法外でない範囲であれば、特約によって一部の負担を借り主が負うことを否定しているわけではない。なので、この特約について契約時に理解して合意したのであれば、その場合の鍵の交換費用は紛失していなくても「借り主負担」となる。賃貸借契約書に原状回復の費用についてどういった記載があるか、入居時も当然だが、退去時にも再度確認しておくべきだろう。
また、入居時にすでにあった傷か、入居後についた傷かがあいまいなために、「前からあった傷まで費用を負担させられた」というトラブルも起きる。そのためにガイドラインでも、入居時に借り主や貸主、管理会社が立ち会って、具体的な故障や傷の有無を確認して記録に残すことを勧めている。両者の立ち合いが難しい場合は、入居時点に気になる傷などがあれば撮影をしておいて、記録に残しておくとよいだろう。
また、建物や設備機器を適切に使用することも求められるので、居住中にルールやマナーを守った生活をすることも必要だ。つまり、退去費用のカウントは、入居する時からすでに始まっているということだ。
このように、退去時の原状回復費用で払い過ぎにならないためには、「賃貸借契約書」と「国土交通省のガイドライン」を確認して、請求される項目が妥当かどうか見極めることがポイントとなる。
それには、退去費用の交渉の際に、ぜひ「賃貸借契約書」と「国土交通省のガイドライン」(東京都の賃貸住宅なら、東京都の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」も効果的)を持参しよう。これらを確認することで、交渉材料に使うことができるだけでなく、これを持っている=不動産会社が「抜かりがない相手なので、いい加減なことはできない」と思ってもらえる、という効果が大きいからだ。
(文=山本久美子/住宅ジャーナリスト)
●山本久美子(やまもとくみこ)
早稲田大学卒業。リクルートにて、「週刊住宅情報」「都心に住む」などの副編集長を歴任。現在は、住宅メディアへの執筆やセミナーなどの講演にて活躍中。「SUUMOジャーナル」「東洋経済オンライン」「All About(最新住宅キーワードガイド)」などのサイトで連載記事を執筆。宅地建物取引士、マンション管理士、ファイナンシャルプランナー等の資格を持つ。