学習マンガがエンターテインメントを重視しすぎては、誤解を招くのではないか。新型コロナウイルス感染拡大の影響により多くの学校が休校になったことで、出版各社は新たなマーケット開拓の意図もあってか、子供向け学習マンガをインターネット上で無料公開する動きが相次いでいる。
そのなかで、子供向けの漫画版『日本の歴史』を無料で公開しているのが、KADOKAWAと小学館だ。
2015年から刊行が始まったKADOKAWAの『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史』は、全15巻+別巻4巻(図鑑と近現代史編3巻)の構成。カバーイラストには『DEATH NOTE』(集英社)の作画を行った小畑健氏など著名なマンガ家を用い、発売後4年で累計440万部を突破する人気シリーズになっている。
小学館の『学習まんが 少年少女 日本の歴史』は1981年以降、改訂を重ねて発行されているシリーズ。現在は全22巻に『人物事典』と『史跡・資料館事典』という構成になっている。
今回のキャンペーンでは、KADOKAWAがシリーズの一部(平安時代前期までと近現代史編の昭和前期まで)、小学館が全巻(一部著作権のある画像を消去)を無料公開している。
今回、筆者は無料になったことをきっかけに両シリーズを通読してみた。KADOKAWAは無料公開が一部のみなので全巻を購入した。
どちらのシリーズも歴史研究者が監修しているため、最低限知っておくべき蓋然性のある歴史の項目を抑えており、極論は見られない。
しかし、表現の方法はまったく異なる。KADOKAWA版はエンターテインメント性を重視した描き方なのに対して、小学館版は時節、コミカルな描き方があるものの、全体的には淡々とした描き方である。
その違いから、どちらのシリーズにも長所と短所が存在する。
KADOKAWA版は、子供に歴史に興味を持たせるためには面白くしなければならないとしたためか、時折エンターテインメント性が暴走している。なかでも気になるのはその時代で主体として扱う人をヒーロー扱いし、敵対する人物を悪役のように描いていることだ。
たとえば、南北朝~室町時代前期を扱う6巻では足利尊氏の視点で歴史が叙述される。結果、尊氏と対立する後醍醐天皇は完全に悪人顔。楠木正成や新田義貞のような日本史で最低限知っておくべき人物は、いわゆる「ザコキャラ」扱い。そして、室町幕府成立直後の内紛である「観応の擾乱」に、やたらと多くのページが割かれる。「観応の擾乱」は2017年に中公新書で刊行された中世史学者・亀田俊和氏の著書『観応の擾乱―室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』(中公新書)のヒットもあってか、近年では「史上最大の兄弟ゲンカ」として興味を持たれている歴史事件。KADOKAWA版では、鎌倉幕府打倒のために協力していた足利兄弟と家臣の高師直が、それぞれの事情で対立していく様子にページを割いている。しかし、楠木正成や新田義貞が数コマしか登場せず、ここにページを割くことに価値があるのかは疑問を持たれるところだ。
さらに、幕末を扱う11巻では、実質的な主人公が坂本龍馬になっており、徳川慶喜は悪人顔である。いうなれば司馬遼太郎の小説のような展開なのである。
対して、小学館版はエンターテインメント性よりも、ページあたりにどれだけ多くの情報を詰め込めるかが重視されている。公平を期すために、同じ時代を扱った巻で比較すると、新田義貞が鎌倉幕府打倒のために挙兵してから幕府滅亡までは、わずか2ページだが、うち1ページで義貞が挙兵した生品神社、その後の小手指原の戦いや分倍河原の戦いなど、固有名詞や出来事を詰め込んでいる。