トランプ再選なら窮地「ウクライナ」の行く末

現在のロシアのように軍事的に優勢な側が不利な交渉に応じる可能性は低い。ウクライナがプーチンの示した条件を丸呑みすることができれば話は別だが、先のとおり、ウクライナ政治は分裂しつつある。交渉の席につくのはゼレンスキーではなく、別の人物である可能性も十分ある。ロシアはゼレンスキーに代わるウクライナの代表が現れるまで、軍事行動を停止しないだろう。

トランプがそうしたプーチンの思惑や立場を考慮するかどうかは別としても、トランプ政権下でアメリカからのウクライナ支援が縮小するか失われるという見込みが固まるだけで、ゼレンスキー政権を崩壊させるのに十分な要因となるだろう。プーチン大統領からすれば、軍事行動を着々と進めながら、その時期を待てばよいのである。

ロシアは、ヨーロッパ諸国や人々がロシアに対して今以上に強烈な反発を抱くことがないように注意しつつ、軍事行動を進めるだけでよい。ウクライナは事あるごとにロシアの非道性をヨーロッパの人々に印象付けようとするだろうが、それにも限界がある。

パレスチナ紛争のあまりの非人道性がウクライナ紛争の印象を薄めてしまっているということもある。基本的にロシア軍は前線での軍事行動を基本としており、爆撃も軍事施設やインフラを標的としている。非戦闘地域への爆撃を頻繁に行っているわけではない。

日本がNATOとの関係を深める影響

こうした中、岸田文雄首相は7月11日にワシントンで開催されたNATO首脳会議にパートナー国として出席し、イギリス、フィンランド、スウェーデンなどのNATO加盟国と首脳会談を行った。NATOは日韓豪ニュージーランドをインド太平洋パートナー(IP4)と呼び、協力を深めようとしているのだ。

日本にとって、NATOとの協力深化は、遠くの国と結んで近くの国(中露)に対抗するという「遠交近攻策」に他ならない。しかし実際には、ハンガリーなどに見られるように、西側諸国によるロシア包囲網は穴だらけである。

実際、NATO首脳会議に伴って発出されたウクライナ支援のための「ウクライナ・コンパクト」という政治文書があるが、ここにはNATO加盟国であるハンガリーやスロバキア、ブルガリア、トルコなどが名を連ねておらず、参加したのはNATO加盟32カ国のうち23カ国である。なお、IP4のうちでここに参加しているのは日本のみである。

アメリカの対ウクライナ政策が変更されれば、ロシア包囲網は完全に破れてしまうことになるだろう。アメリカに追従する日本としては、アメリカ大統領選が終わるまではうかつには動けない立場であるはずだ。

バイデン政権末期の遠交近攻の駆け込み外交を急げば、あとで自らの手足を縛る原因をつくることになりかねない。これまでさんざんウクライナ支援の旗を振ってきた手前、いまさら手を引くことは難しいだろうが、この微妙な時期に一部のヨーロッパ諸国とともにロシア包囲網の強化に動くのは悪手である。何の勝算もないからである。

むしろ、ウクライナ紛争に対する政策を根本的に見直すべき時期に入っていると言えるだろう。先に述べたとおり、ウクライナ国民ですらロシアに譲歩しても平和を手に入れることを望み始め、ゼレンスキー政権の国内支持率も低下しているのである。

日本が守るべき「大義」とは?

日本が守るべき大義は、「極東の安定を維持し、そこにおける日本のプレゼンスを維持するということ」であるはずだ。仮に日本政府が、NATOと結託してロシアを包囲することで中露の結束を弱め、それによって極東における日本のプレゼンスを守ろうとしているのだとすれば、このやり方は果たして適切だろうか。NATOによる包囲網は意外に脆弱なのである。

分断したアメリカに追従しすぎるのも危うい。現在の中東情勢についても、アメリカは一方で無辜のパレスチナ人に被害が出ることを防ぐ必要があると停戦を求めながら、同時にハマス殲滅を名目に過剰報復を行っているイスラエル政府を支持している。アメリカの理想や正義などというものは、その程度のものである。

岸田政権は、極東における日本のプレゼンスを守るという目的を、ウクライナ支援・ロシア包囲に参加する見返りのような形で、機に乗じて手に入れようとしているようにも見える。

こうした漁夫の利を得ようとするような機会主義は危険だ。包囲に失敗すれば、対露関係を悪化させ、ますます極東で中露の圧力を受ける状況に陥るだけのことである。この大義を実現するためには、より長期的で、実のある外交方針、国家百年の計を立てるべきだ。

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