しかし、西側の政治的価値観を一切拒絶する国家建設に踏み出したプーチン氏には、もはや西側の反応など気にする必要はなくなったのだ。
だからこそ大統領選が近づき、ナワリヌイ氏の処遇に国際的関心が集まっていたこの時期にその殺害を命じるという、米欧への挑発とも言える行動に出たのだ。
こうしたプーチン政治の劇的な変化の背景について、ロシアの有力なリベラル派政治アナリストであるアンドレイ・コレスニコフ氏はこう指摘した。
「プーチン氏にとって、ウクライナ戦争における『勝利』とは、もはやウクライナを『ロシア帝国』に引き戻すという軍事的勝利だけを意味していない。ロシアの国家存立をかけて、西側との対決に勝利することなのだ」
この「西側主敵論」について、プーチン氏は2024年1月1日にこう語っている。「西側自身がわれわれの敵なのだ。数世紀にわたりそうだったし、今も続いている。ウクライナ自身はわれわれの敵ではない。国家としてのロシアを消滅させることを望む西側こそ敵なのだ」と。
外交面でも、ロシアはこの西側との対決路線に沿って、活発な攻勢を仕掛けている。北朝鮮やイランから弾薬や無人攻撃機の供与を受ける一方で、両国との経済的つながりも強化している。
中国との間でも提携協力関係を強めている。またソ連時代、社会主義国や左派政権だったアフリカ諸国や南米諸国に軍事支援を行った歴史的つながりを生かして、両地域の諸国を取り込む動きを展開している。
この外交を象徴するキーワードとして、ロシアが使い始めたのが、米欧による「新植民地主義」だ。プーチン氏は2024年2月半ば、アフリカ、中南米、アジアから50カ国を集めて、モスクワで開催した国際会議でこう訴えかけた。
「集団としての西側は今でも(かつて植民地だった)アフリカ、中南米、アジアにおける優越性をどんな手段を使っても維持しようとしている。自分たちの価値観や文化を押し付けようとしている」
植民地時代のネガティブな記憶も強く残っているアフリカに対して、ロシアは先述したワグネル社が一時軍事訓練ビジネスや経済面でのビジネスを展開するなど、権益のネットワークを広げている。
これを象徴する出来事が最近起きて、アメリカにショックを与えた。アフリカ西部ニジェールの軍事政権が、アメリカと締結している軍事協定の破棄を通告してきたのだ。
軍事政権はロシアやイランと軍事協定を結ぶ可能性があるとみられている。ロシアは、侵攻に関して多くが中立的立場を保っている新興・途上国群(グローバルサウス)とも友好的な関係を維持している。
これに対して、アメリカの外交は明らかにロシアに後れを取っている。ウクライナのほかに、ガザでのイスラエルによる非人道的攻撃への対策に毎日、追われているのが現状だ。
アフリカ諸国などの取り込みに戦略的に動いているロシアと比べた場合、その差は残念ながら歴然としている。
では、このプーチン政権の「ウクライナ戦勝プラス反西側国家建設」戦略に対し、民主主義国家側はどう対抗すべきなのか。
結局のところ、まずは目の前のウクライナの戦場でロシアを敗北に追い込むしかない。第2次チェチェン戦争での勝利を背景に生まれたプーチン政権は、2014年のクリミア併合も含め「戦勝」の実績を国民に誇示して、政権の求心力を維持してきた。
今回の大統領選での記録的勝利の背景にも、ウクライナの反攻作戦を食い止めたという軍事的実績があった。
だからこそ、今後ロシアがウクライナで事実上の敗北を喫する事態となれば、「ロシアを率いることができるのはプーチンだけ」との長年のロシア国内でのイメージが崩れるのは間違いないだろう。
それなれば、政権が動揺し、結果的に反西側国家建設という野望実現も難しくなるだろう。その意味でウクライナ侵攻は、ロシアとウクライナとの戦争ではなく、西側全体にとって重大な分かれ目となる脅威なのだ。