この国家改造に沿った新たな動きとして、筆者が注目しているのが、2024年2月末にプーチン氏が行った年次報告演説の一節だ。
演説の中でプーチン氏は、ロシア軍がウクライナ軍に一時主導権を握られながらも、態勢を立て直し、盛り返したことを高く評価。そのうえで、戦闘で功績を挙げた軍人がロシア社会における新たな「エリート」になるべきと述べ、今後新設される政府の人材養成プログラムの中で次代の幹部として育てていく考えを明らかにしたのだ。
ここで、プーチン氏の念頭にあるのは、軍人出身の優秀な人物を今後政府や地方自治体などのロシアの統治機構の中で、積極的に登用することだろう。
ではなぜプーチン氏は、このような新方針をこのタイミングで表明したのか。その背景には、2023年6月に起きたロシアの民間軍事会社ワグネルの指導者プリコジン氏による武力反乱事件があるとみる。
ロシア南部ロストフ州で始まったワグネルの武装部隊による進軍は誰にも阻まれず、モスクワ近郊まですんなりと来ることができた。もちろん、プリゴジンの進軍をすぐに止められなかった責任は、基本的には軍部にあるのだろう。
しかし、プーチン氏からすれば、現在の地方自治体の首長は自分への忠誠心も行動力も足らず、今後再び、何らかの反乱事件や社会的騒乱が起きた際に頼りにならないと危惧したのではないか。
なぜ危惧したのか。現在、ロシアの地方知事の半数以上が、セルゲイ・キリエンコ大統領府第1副長官が創設した「知事の学校」と呼ばれる知事養成プログラムの出身者で占められている。
ウクライナ政策や内政全般を仕切っている大物キリエンコ氏と似た、若き「能吏系実務者」ばかりで、とても修羅場への対応で力を発揮できるタイプではない。
そのため、プーチン氏としては、今後は戦場での指揮経験もあり、大統領に忠誠心がある軍出身者を、積極的に登用していく構えだとみる。
この地方指導者への軍人登用は、動き出すとしても数年以上先の話だろうが、プーチン氏としてはこれによって、ロシアの軍事国家化と強権化を強める戦略だろう。
キリエンコ氏と言えば、先述したように、プーチン氏にとって最大の政策立案者であり知恵者だ。しかし、今回の大統領選の過程で、プーチン氏は彼の戦略をひっくり返したと言われる。
プーチン氏の元スピーチ・ライターで大統領府内の実情に詳しい政治アナリスト、アッバス・ガリャモフ氏などによると、その顛末は以下のようだった。
2023年後半、プーチン氏はウクライナ戦争や外交にかかり切りになっていた。ウクライナの反攻作戦が止まったのを受け、キリエンコ氏に任せていた内政を点検してみて、プーチン氏は驚いた。
戦争反対を表明していたボリス・ナデジディン元下院議員が多くの支持を集め、大統領選候補となりそうな状況が生まれていたからだ。また北極圏の刑務所に収監されていた反政権派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏を出国させるため、米欧との間で囚人交換の交渉が進んでいたことも知って怒ったという。
キリエンコ氏は西側からのロシア批判を和らげるため、政権ナンバー2であるニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記の反対を押し切って、こうした動きを進めていた。
結果的にナデジディン氏の候補者登録も、ナワリヌイ氏の出国も、プーチン氏が反対し、見送られた。プーチン氏は一時、ナワリヌイ氏の出国を許すことも検討したが、結局殺害することを命じたという。
かつてプーチン政権は、強権的政治を進める一方で、反政権派のデモや独立系メディアの存在を容認するなど、部分的に西側的な民主主義風の政策も取り入れる「ハイブリッド民主主義」を進めて、米欧からの批判を交わしてきた。