このことから、私たちは第2の未検証予測に行き着く。その内容は、これらのデジタル化プロジェクトをすべて一気に実行するのがBBCにとって不可欠であり、また、BBCにはその受け皿があるということだ。
これは特に危険な考え方だった。低レベルのデジタル技術しか備えていない組織であれば、小さなことから始めて、ゆっくりと年月をかけて必要な能力を培うほうがはるかに理にかなっている。アグレッシブに一大プロジェクトに取りかかり、そこに初めから全資産を投入するなど、大惨事への道を突き進むようなものだ。仮にプロジェクトがうまくいったとしても、それに見合った新たなワークフローを組織自体が開発することも、実行することもできないはずだ。
もう1つ、これによって解明されるのは、組織がいわゆる「ウォーターフォール・モデル」(比較的新しいスパイラル・モデルとは対照的に、製品製造プロセスのようにいくつかの工程に分けたトップダウン方式による大規模ソフトウェア開発の手法を指す)を完全に新しい市場コンテクストに応用できるという誤った考え方である。これらの新旧のモデルの違いもわからない外部業者を採用したことは、BBCのプロジェクト構想が有利に働かなかったということだ。
第3の未検証予測は最高幹部によって立てられたもので、BBCは──これほど複雑なシステムの設計と実施であっても──安全に委託業者を選んで一任することができるということだった。
『ディスカバリー・ドリブン戦略』で提唱している仮説指向アプローチであれば、このプロジェクトは全過程を通じて価値証明を提供するという形態をとりながら推進できただろう。
各チェックポイントでプロジェクト完成までの具体的な仮説が検証でき、さらに、進路修正も必要に応じて実施できたはずだ。しかし見たところ、DMIプロジェクトには最高幹部や技術スタッフを結合させる効果的な運営管理プロセスも、定期的にプロジェクトを再検討する機会もなかったようだ。
現場で何か起きたら、そこにいる人がアラームを鳴らし、それが最高幹部の耳に届く。そうした基本的なメカニズムが、DMIとその周辺には整備されていなかった──ある観察者はこう指摘する。「どうやら、現場のスタッフには発言権を与えないという企業文化が確立していたようだ。そのためにプロジェクトについての不安を上層部にフィードバックできず、ただ個人的に話題にしていただけだった」
翌2009年9月、BBCはシーメンスとの委託契約を解き、社内チームが開発にあたることとなった。
このプロジェクトから得られた教訓は苦々しいものだ。プロジェクトの見直しについてはイギリス議会でも討議され、そもそも当初からさまざまな知識に関しての予測がいっさい立てられていなかったことが明らかになった。
イギリスの批評家のなかには、このように結論づけた者もいる。「シーメンスが最初に確信していたよりも、そのプログラム開発ははるかに困難だということが判明したのだ。それに、シーメンスはBBCの操業スタイルについても十分な知識を得ていなかった。BBC自体も、シーメンスの設計・開発能力についてわかっていたのはほんの少しだった」
BBCの内部チームによるプロジェクト推進が決まると、担当スタッフは異なるアプローチを取り入れることにした。ユーザーと技術者との共同作業を通じて短期間に肯定的な結果を出すために、いくつかの「機敏な」方法を使ったのだ。
しかし、今さらどうにもならず、結局は手遅れということが判明した。BBCの事業本部長ドミニク・コールズは、2012年10月にプロジェクトの一時中断を、翌年に全面停止を決定した。プロジェクトの進捗について、彼は次のように述べている。
「デジタル技術はすさまじいペースで変化している。BBCのビジネスと制作業務に欠かせない技術も刻々と変わり、また、5年前には存在すらしていなかったデジタル制作ツールが、いつでも簡単に手に入るようにもなっている。BBCのプログラムから出される無数の要求に応じられるような、野心的で技術的に複雑なソリューションを開発するのは、予想していたよりはるかに困難だということがわかったのだ。
……結局、プロジェクト完成の目途はまったく立たず、これまでにかかった経費が9840万ポンドになったこの段階で、プロジェクトを全面的に断念せざるを得なくなった。経費がこれほどまでに膨れ上がったのは、開発されたソフトウェアとハードウェアのほとんどがプロジェクトの完成後にしか価値を生まず、もうこれ以上の経費をかけることがわれわれにはできなくなったからだ」