トップは「決断」ではなく「臆測」でモノを言う

このプロジェクトの対外的な顔役を務めたのは、同社の技術ディレクター、アシュリー・ハイフィールドだ。BBCの監督機関であるBBCトラストは、このプロジェクト発足を承認し、8100万ポンドという莫大な資金を拠出。BBCに以前から技術提供をおこなっていた民間企業シーメンス(Siemens)が本プロジェクトの請負業者として選ばれ、さらにデロイト(Deloitte)からのコンサルタント支援も受けることとなった。

ちなみに、元々の計画では総計9960万ポンドの利益が見込まれていたという。当時、ある技術パートナーはこう説明している。「DMIは、BBCがオン・デマンドとマルチプラットフォームといったデジタル環境に対応するために、また、コスト効果の高い新たな配信サービスに向けて再利用可能な基盤を提供するために、全社を挙げて取り組むプロジェクトだ」

何のために“これ”をするのか

後から振り返ると非常に明白な事柄がいくつかある。それらはすべて、検証されていない予測にもとづくものだった。それを1つずつ順に解説しよう。

まず、第1の未検証予測は、このプログラムは効率性を重視した比較的単純な作業プロジェクトとしてアプローチできるというものだった。ところが現実には、処理ワークフローにそれほど劇的な変化があれば、抜本的なビジネスモデルの変革が必要になるのは当然だ。つまり、組織の中核ワークフローまで手を伸ばして変革しないかぎり、このプロジェクトが成功することはあり得ないのだ。要するに、その抜本的な改革によって、初めてこの新たな技術導入に必要な──再編成したマネジメント体制を含む──環境をつくり出すことができるということである。

シーメンスとの委託契約は、規定の納入物に対して規定の価格を支払うという固定価格制にもとづいていた。こうした契約が定められるのは、元来、作業内容やその結果に求められるものが明らかな場合である。ユーザーの立場から言えば、(この契約では)シーメンスが具体的に何をしているかを──根掘り葉掘り──BBCから質問することは難しくなる。こうした干渉は、ともすると固定価格の意図を否定するものと解釈されかねないからだ。

シーメンスの立場から言えば、(この契約によって)IT関連の大プロジェクトが失敗する(昔からおなじみの)道理を再び持ち込まれたも同然だった。つまり、IT業者はユーザーの求めるものを提供せず、一方、その業者はユーザーの心変わりと不明瞭な発注内容を責め立てるというものだ。これはまさに、確かなものがないところで確かな予測を立てようとする兆候である。

BBCが最初におこなったブリーフィングには、息をのむほど数多くの下位プロジェクトが盛り込まれていた。その1つ、新たな《メディア・インジェスト・システム》は、BBCのエコシステムがコンテンツをどう取り入れるかを変えていくことを目指していた。これは新しいメディア資産管理システムによって補完されるものであり、そのシステムが将来のオーディオ、ビデオ、スチールを含むさまざまなコンテンツを管理するはずだった。

ストーリーボード制作も、従来の手作業ではなく、オンラインでおこなわれることになった。つまり、BBCの映像素材をすべてデジタル化し、統合されたデータベースのもとで、映像の制作・管理・保存・移動を一括しておこなうシステムを構築しようとしていたのだ。

ところで、BBCのプロジェクトチームは競争入札に付さずに委託契約を取り交わしていた。そして、主要業者であるシーメンスと他の委託業者との間には、(ある観察者によると)「隔たり」があったという。

「社運を賭けたプロジェクト」は失敗する