名探偵コナン制作会社「初任給+5万円」実現の覚悟

ただ、さらに利益を伸ばそうとすれば出資する作品を増やす必要がある。私がトムスの社外役員に就任した2008年、同じくセガ出身の岡村秀樹社長とそういう話になった。

もちろん、製作委員会はそう簡単に出資させてくれない。「社長が出資しろと言ってるから」と中途半端に現場が動いたら、何が起こるか。どの製作委員会からも1クール(3カ月の放送期間)モノのアニメの商品化権を渡されてしまう。ただ、1クールモノのグッズ販売(で収益を上げるの)は容易ではない。都合のいい投資元として使われていると感じ、このままではまずい、と危機感を覚えたこともあった。

ーー出資者として優位に立つため、どんな交渉が必要なのでしょう。

例えば東宝が企画した『Dr.STONE』がいい例だ。トムスが制作のみならず欧米への映像販売も担当している。

竹崎 忠(たけざき・ただし)/トムス・エンタテインメント社長。1964年生まれ。1987年関西大学工学部卒業。CSK(現SCSK)を経て、1993年にセガへ入社し、PRやマーケティング、キャラクター・映像ビジネスに従事。2008年から子会社のトムスで社外取締役を務め、2015年に移籍。国内事業本部長などを歴任し、2019年4月より現職(撮影:尾形文繁)

東宝は(原作の版元である)集英社にアニメ化を持ちかける際、かつて『弱虫ペダル』の制作を担当した当社のチームが優秀だったので、本作でもこのチームに託すという前提でプレゼンを通した経緯がある。

そこで、東宝に「東宝さんと同じだけ出資もするので、欧米かアジアの海外窓口をやらせてくれませんか」と相談に踏み切った。

――こうした相談をすることに、社内から反発はなかったのでしょうか。

うちでいう「営業」というのはもともと(製作委員会から制作の)お仕事をいただく機能。こうした相談を出資者側に持ちかけること自体、「これまでお仕事をくださっていた会社さんに対してとても失礼だ」という声は強かった。なるほどこれがアニメ制作会社の感覚か、と。

これがゲーム業界なら、(家庭用ゲーム機を展開する)プラットフォーマーが少しでもいいゲームタイトルを呼び込もうと、開発者にお金を積むのが普通。ピラミッドの頂点にクリエーターがいて、主導権を持っているのがゲーム業界なのだ。

反対に、クリエーターが最下層にいるのが日本のアニメ業界。なぜ、仕事を依頼しているほうが偉そうにしていて、作っているほうは最下層として扱われているのか。

ーー出資者側には、「業界構造は改善されている。何が問題なのか」と開き直る関係者もいます。

マシになっているか否か、という次元の話ではない。根深いうえに「問題を指摘したほうが悪い」といった空気が漂っている。

――自社の制作キャパシティに限界がある中、トムスが企画・製作などを担い、外部の制作会社との協業を軸とする「UNLIMITED PRODUCEプロジェクト」が始動しています。

自らがプロデュース側に回った時、私たちが今まで製作委員会から委託されていた条件をそのまま制作会社に突きつければ、同じように彼らが苦しむことになる。そのため、私たちが外の制作会社と組むときは、制作側にきちんと利益が出るフェアなスキームに変えたかった。

具体的には、当社が幹事を務める製作委員会で利益が発生したら一定割合の成功報酬を制作会社に還元することにした。制作費を高く設定するやり方もあるが、制作の現場ではできるだけいい作品を作ろうと、制作費が増えればその分目一杯使ってしまうため、得策とは言えない。

――2023年4月からは、既存従業員の基本給を平均30%程度引き上げ、21万円だった新卒初任給は26万円になりました。