快感性に加勢したのは、『ライディーン』のあの印象的なAメロが、ディスコのリズムになっていることだ。具体的には、バスドラム(大太鼓)が四分音符の「4つ打ち」(ドン・ドン・ドン・ドン)になっている。これは当時、世界的に流行していたリズムで、それそのものが気持ちよかった。
加えて、その機械的な四分音符1つひとつに、人間的なグルーヴ、人間・高橋幸宏による「揺らぎ」が詰め込まれた。この「機械+人間」の構図による「きもちよさ」こそが、当時の私たちの腰を揺らした張本人だったと考えるのである。
次に、ヴィジュアル面における「かっこよさ」の話。
今回の訃報に寄せて多く語られたのは、高橋幸宏がデザインした、初期YMOのコスチューム=人民服(中華人民共和国における国民的な服装)のインパクトだった。ただ、当時の東大阪の中学生においては、人民服よりも彼らの髪型のインパクトのほうが、より強烈だった。
そう、「テクノカット」だ。
テクノカット、すなわち、もみ上げをスパッと切り落とした髪型。人民服を手に入れるのは大変だが、テクノカットは近所の床屋でも、やろうと思えば出来る。
「やろうと思えば」――しかし当時、テクノカットにする=「テクノにする」のには、おそろしく勇気が要った。誰が最初にもみ上げを切り落とすか、様子見になった。「テクノにした奴がいる」と噂が立って、隣町の中学へ見に行った。我が中学でもさっそく切り落としたYMO好きの文化系マジメ男子がいたが、「なんで俺より先にテクノにしてんねん!」とヤンキー(不良)にイジメられたりもした――。
言いたいことは、テクノカットや人民服含めたYMOのヴィジュアル全体が、めちゃくちゃ「かっこよかった」ということ。「かっこよ」すぎて、文化系だけでなく、体育会系、ひいてはヤンキーにまで広がったということ。
このあたり、Z世代のYMOファンには、かなり意外なことかもしれない。意外性にダメ押しすれば、当時の東大阪ヤンキーのプレイリストは「矢沢永吉・アナーキー・横浜銀蝿、そしてYMO」という、今では信じられないものだった。学ランの襟を内側に折って人民服風にしながら、『ライディーン』に合わせてロボットダンス(もどき)を踊るヤンキーを、私は確かに見た。
以上、まとめると、グルーヴおよびヴィジュアルによる「かっこきもちよさ」、これがリアルタイム層を直撃したYMOの本質だったと考えるのである。「かっこきもちよさ」とあえて平仮名で書くのには、80年代に入って「ニューアカデミズム」(説明省略)などの影響もあり、YMOをやたらと小難しく語るのが流行ったのに対する逆張りの意味を込めてみた。
最後に、再度グルーヴの話をしたい。先の、機械+人間の構図による「きもちいい」リズムという話が少しばかり概念的だったので、補足しておきたいと思うのだ。
2018年6月23日に行われた細野晴臣ロンドン公演の映像が残っている。坂本龍一が急遽「乱入」したことでファンの間で話題となったものなのだが、注目していただきたいのは、高橋幸宏のドラムスである(https://youtu.be/2QtNpj_n82o)。曲は『アブソリュート・エゴ・ダンス』(1979年)。
この高橋幸宏のドラムスの「きもちよさ」はどうだろう。もちろんクリックなど聴いていない。完全マニュアル人力演奏。
細野晴臣に関する2019年のイベント「HOSONO SIGHTSEEING 1969-2019」のオフィシャルカタログ『細野観光 1969-2019』で、細野はこう語っている。
――「ティンパンアレイの頃、僕はロックのリズムの秘密を発見した。さまざまなオールディーズを聴いているうちに、ロックのリズムには、微妙な揺れがあることに気づいたのだ。(中略)スウィングをやっていたドラマーは、跳ねるリズムを叩いている。一方でギターは8ビートを刻んでいる。そこでできあがる跳ねているようで跳ねていないリズム――それがロックンロールのノリであり、実はブギウギの基本である」
この映像における高橋幸宏の、幾分もっちゃりとしたドラムスはまさにこれだ。ロックンロールにおける人間臭いスウィング=グルーヴが詰め込まれている。だから「きもちよく」、だからめちゃくちゃ「かっこいい」。
そして、これを見て私は思うのだ。当時の私たちを直撃した「かっこきもちよさ」というYMOの本質――さらに、その本質の本質は高橋幸宏だった、人間・高橋幸宏によるグルーヴだったのだと。