「YMO」のいったい何がそんなに凄かったのか

YMOの熱気をリアルタイム世代が振り返る(写真:dpa/時事通信フォト)

YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の高橋幸宏が、誤えん性肺炎で1月11日に亡くなった。享年70。2020年に脳腫瘍で手術を受け、療養生活を続けていたと報じられた。

その少し前の1月5日、NHK総合で、同じくYMOの坂本龍一が出演する特別番組『坂本龍一 Playing the Piano in NHK & Behind the Scenes』が放送された。モノクロームの画面の中でグランドピアノに向かう、やせ細った姿を、淡々と追っていく構成。咽頭がん、直腸がん、両肺に転移したがんと戦い続けた坂本。がんの進行度はステージ4と宣告されたという。

今回の記事のテーマは「YMOのいったい何が凄かったのか」。昨年、多くの方に読んでいただいた「『吉田拓郎』のいったい何がそんなに凄かったのか」の一種の続編である。YMOメンバーの年齢を強く意識する時代の空気の中、彼らの功績を測定してみたいと思う。

ただしYMOについては、吉田拓郎に比べて、音楽的功績は比較的、緻密に研究されてきたと思う。そこで今回は、1979年、中1のときにYMOに直撃されたリアルタイム世代(56歳)として、当時のYMOがもたらした影響、熱気がどれだけ凄かったかを記してみたい。

東大阪市の片隅、友人の部屋で『ライディーン』(1979年)を聴きながら踊り狂った記憶をたどりながら、彼らの「かっこきもちよさ」について述べてみたいと思うのだ。

『ライディーン』の快感性

そう、『ライディーン』。当時のことを思い出して脳内に流れるのは。作曲は高橋幸宏によるもので、今回の訃報のバックで流れまくったあの曲である(https://youtu.be/Yxep-gS-Btg)。

サウンド、とりわけグルーヴ(ノリ)がおそろしく気持ちよかった。長らく音楽を聴いているが、『ライディーン』の快感性は屈指のものだ。個人的にはディープ・パープルのライブ版『ハイウェイ・スター』(1972年)と張る。

あらためて聴いてみる。まず一聴してわかるのは「打ち込み」(自動演奏)ということ。今やまったく普通になってしまった打ち込みだが、YMOがその世界的先駆だったことを確認する。

さて、「打ち込みのリズム=機械的・無機的=グルーヴ感がない」という連想が強い。またYMO時代の高橋幸宏のドラムスについて、よく「機械的で正確無比だった」と評される。

しかし、だとすると『ライディーン』のこのグルーヴは何なんだということになる。何が、私たちを踊り狂わせたのか。

細野晴臣が語った高橋幸宏のドラムス

サイト『音楽ナタリー』の「細野ゼミ」という企画(『細野晴臣とテクノ』2022年9月9日)で、細野晴臣(この方はますます元気そう)がこう語っている。

――それ(註:自動演奏)を聴いたら、説明できないけど、均等なリズムにすごく快感を覚えた。それまで一緒にやっていたミュージシャンは離れていったよね。皆クリック(註:メトロノーム音)に合わせるのを嫌がって(笑)。で、それを喜んでやったのが高橋幸宏だった(笑)。(中略)でも、クリックに対してタイミングをずらさずにドラムを叩くためには、力を使わなきゃならない。だから練習をするわけなんだよ。ボタンを押すと「1、2、3……」って秒数が出るタイマーみたいなのがあって、「これを1秒で止めるにはどうしたらいいか」とか言いながら(笑)。

この発言を読んで思うのは、高橋幸宏が「喜んで」「力を使」ったのは、打ち込みの機械的リズムに忠実に合わせるだけでなく、そこに人間的なグルーヴを詰め込んで、「均等なリズム」の「快感」をさらに高めることではなかったか、それが当時の私を踊り狂わせた『ライディーン』の快感性の本質ではないか、ということである。