これは、自己のパーソナリティや価値観を、現実世界に劣らず表現できる場としてデジタル世界が機能し得るからである。
そもそも、人が人に恋愛感情を抱くためには、当事者同士が相互のパーソナリティを十分に表現し、互いの価値観を深く理解し合うことが必要不可欠である。そして、そうした深い相互理解には、当事者間での体験の共有が重要である。
同じ体験を共有し、互いに考えや意見を表現し合う中から、人は、相手がさまざまな出来事に対してどのような感情を抱き、何を考えるのかを理解することができる。こうした、体験の共有を伴う相互理解の先に、人は他者に対して魅力を感じ、恋愛感情を抱く。
現在でも、SNSやオンラインゲームなどのデジタルサービスを介した人と人との交流から恋愛に発展するケースはあるし、恋愛に特化した「マッチングアプリ」もある。とはいえ、このようなサービスでは、体験の共有を通じたパーソナリティの表現や価値観の相互理解は困難で、現実世界で実際に会って理解を深めることが前提であった。
一方で、今後広がりをみせる仮想空間上でのコミュニケーションはどうだろうか。利用者は、単に意思疎通し合うだけでなく、体験を共有することを通じたパーソナリティの表現が可能となる。たとえば、仮想空間上でショッピングをしながら会話を楽しむこともできるだろうし、同じイベントに参加しながら感想を共有し合うこともできるだろう。
マッチングアプリでは、出会いのきっかけを求める利用者同士にメッセージ機能を提供し、その後、現実世界でデートをさせることを通じて、利用者同士の恋愛を促している。
マッチングアプリは、相手と
の3段階のうち、「①出会う」がデジタル上になるわけだが、今後は、「②仲を深める」「③恋愛に至る」までもがデジタル上で完結し、仮想空間上だけで成り立つ恋愛のかたちが生まれるのではないだろうか。
NRIが2022年7月に実施した「情報通信サービスに関するアンケート調査」では「メタバース内での恋愛についての考え方」についても回答を得ている(N=3,098)。
メタバースの技術が成熟しておらず、市場にも十分に浸透していない現状でも、「バーチャル空間上だけで恋愛を完結させたい(現実世界での恋愛は必要ない)」の回答が8.0%で、「現実世界とバーチャル空間上で、異なる人との恋愛をしたい」の回答まで含めると15%を超える。
さらに、この傾向は若年層になるほど高く、20代ではいずれかに当てはまるという回答が全体の約20%に上る。つまり、仮想空間上での恋愛は、今後さらに拡大する可能性を大いに秘めているといえる。
恋愛の場が、現実世界から仮想空間へ移行すると、これまでカップルや夫婦を対象に現実世界でサービスを提供してきた市場に変化が起きる。
デートでショッピングモールを訪れていたカップルが、バーチャルショッピングモールで買い物を楽しみ、映画館を訪れていたカップルが、バーチャル映画館で映画を楽しみ、音楽ライブを訪れていたカップルが、バーチャルライブを楽しむようになる。
自然豊かな観光地を訪れる代わりに、バーチャル上できれいな景色を眺めながら会話を楽しむようになるかもしれないし、ひいてはバーチャル上で挙式するカップルも現れるかもしれない。
このように、恋愛関係のカップルを対象とするサービスは無数にあると考えられるが、そうしたサービスを提供する事業者は、少なからず仮想空間上での恋愛の拡大を見据え、新たな事業展開を模索する必要がある。
パーソナリティの表現の場としての新たなデジタル空間の拡大に伴い、人々がこれまで現実世界で自分自身の表現に用いてきた商品の一部はメタバース上で購入され、自己を投影したアバターなどで使用されるようになっていく。その代表的な例が、アパレルや化粧品のような外見にかかわる商品である。